おいしいものを食べすぎてしまうのは、遺伝子の中に組み込まれた記憶だということを教えてくれたのは慶應義塾大学スポーツ医学研究センターの山下光雄先生です。山下先生は、日本臨床栄養協会の副会長も務められた管理栄養士で、栄養の歴史の専門家でもあります。脂肪が多く含まれる料理をおいしく感じるのは、食料が多くない北方地域で発展した民族にとっては主なエネルギー源が動物の肉であったために、脂肪をおいしく感じることで肉を多く食べるようになったためだといいます。脂肪はエネルギー量が1gあたり約9kcalと糖質の約4kcalの2倍以上になっています。飢餓状態を生き抜くためには、おいしく感じる脂肪が多く含まれる食品を食べて、高エネルギー量を摂ることが重要となります。
健康維持のためには、脂肪と同じように塩分の摂りすぎにも注意が必要となるのですが、塩分も、おいしさを感じさせて、ついつい多く摂取しがちです。日本人の塩分摂取量は1日あたり10gを超えていますが、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では男性が7.5g、女性が6.5gとされています。日本高血圧学会は高血圧の予防には6g以下をすすめています。WHO(世界保健機関)で示されているのは5gです。
どれくらいの塩分(ナトリウム)が必要なのかというと、腎臓から1日に排出されるナトリウムは約1.5gです。これだけの量を摂っていれば生命維持には問題がないことになります。
人類は進化の過程で、穀類と野菜を多く栽培して食べられるようになりましたが、穀類にも野菜にもカリウムが多く含まれます。カリウムが体内で過剰になると不整脈が起こり、心臓病で亡くなるリスクが高まります。過剰になったカリウムを排出するには、腎臓でナトリウムとカリウムが一緒になることが必要です。高血圧の原因の一つとされるナトリウムを排出するためにはカリウムの摂取が必要となるわけですが、カリウムが摂りすぎであった時代には、同じメカニズムでも逆のことが起こっていたということです。
そういったことから、穀類と野菜を多く食べるようになったときに、ナトリウムも多く摂るために料理の味付けに塩が多く使われるようになりました。このことから塩分をおいしく感じる仕組みができたわけですが、それが塩分を摂りすぎている時代にも引き継がれているので、おいしいものを避けなければならないというのは大変なことといえます。