シクロデキストリン

1 シクロデキストリンは「α」、「β」、「γ」の3種類
 シクロデキストリン(cyclodextrin)は、「シクロ(cyclo=環状)」と「デキストリン(dextrin=オリゴ糖)」の合成語で、「環状オリゴ糖」とも呼ばれています。「サイクロ」もまた「環状」を意味することから、「サイクロデキストリン」と呼ばれることもあります。「環状オリゴ糖」は知らなくても、「オリゴ糖」なら耳にした方は多いはずです。

 糖(糖質)は分子構造上、単糖類、少糖類、多糖類に分類されています。
1)単糖類:ブドウ糖(グルコース)や果糖などが属している。
2)少糖類:単糖が2つ結合したものが二糖(麦芽糖やショ糖など)、3つ結合したものが三糖……と続き、十糖までをオリゴ糖と呼ぶ。これらが、少糖類に属している。
3)多糖類:十糖より大きいもので、デンプン、セルロース、イヌリン、グリコーゲンなどが多糖類に属している。
 この分類の中でシクロデキストリンは少糖類に属しており、単糖であるブドウ糖が構成単位で連なったオリゴ糖の両端が結ばれた環状構造の物質となっています(図1)。
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 なお、ブドウ糖が6つ結合して環状になったものが「α‐シクロデキストリン」、7つ結合して環状になったものが「β‐シクロデキストリン」、8つ結合して環状になったものが「γ‐シクロデキストリン」と呼ばれ区別されています。

2 シクロデキストリンは世界でいちばん小さなナノサイズのカプセル
 シクロデキストリンはブドウ糖が環状に連なって底のないカップのような立体構造(円錐台形)をしています。このカップの内径は、α‐シクロデキストリンで0.5~0.6nm(ナノメートル)、β‐シクロデキストリンで0.7~0.8nm、γ‐シクロデキストリンで0.9~1.0nmです。したがって、シクロデキストリンの内部空洞には、1nm以下の分子であれば上記三種のシクロデキストリンの何れかにおさめることができます。シクロデキストリンは、その内部空洞の内部にさまざまな分子を取り込む性質を持っています。この現象を「包接(ほうせつ)」といいます。また、分子を取り込むことのできるシクロデキストリンのような物質を「ホスト分子」、取り込まれる物質を「ゲスト分子」といいます。
 シクロデキストリンをカップにたとえましたが、包接されたゲスト分子が簡単に飛び出すというようなことはありません。シクロデキストリンとゲスト分子の間で、分子間引力などのさまざまな相互作用が働いているためです。その意味で、シクロデキストリンはナノサイズのカプセル、つまり、世界でいちばん小さなカプセルといえます。

3 シクロデキストリンが持つ「分子認識能」と「包接・徐放作用」
 シクロデキストリンがゲスト分子を包接するためには3つの条件が必要となります。
1)ゲスト分子、またはゲスト分子の一部がシクロデキストリンの内部空洞のサイズに合うこと。なお、ゲスト分子が1個のシクロデキストリンよりも小さな場合には複数のゲスト分子が包接されることがある。逆に、より大きなゲスト分子の場合は、分子の一部が包接されることがある。
2)シクロデキストリンとゲスト分子の間での分子間相互作用。
3)水分子の存在。
 シクロデキストリンには「包接化されやすい分子」と「包接化されにくい分子」があります。これはシクロデキストリンが分子を見分ける現象で、“シクロデキストリンの分子認識能”といいます。ところで、ゲスト分子はシクロデキストリンの内部空洞に固定されたままというわけではなく、条件に応じて放出されます。ゲスト分子が出ていくことを「徐放(じょほう)」といい、この「包接」と「徐放」という2つの作用によって、たとえ揮発性の高い物質であっても、シクロデキストリンに一旦、取り込み固定してから、少しずつ取り出すことも可能となり、有効に利用することができます。

4 シクロデキストリンの内側は疎水性(親油性)で外側は親水性を示す
 シクロデキストリンは、その内側は疎水性(親油性)、逆に外側は親水性を示す特異的な物質であり、一種の界面活性剤ととらえることもできます。
 石けんは代表的な界面活性剤ですが、その分子構造をみると、一方の端は親水性、反対側は親油性となっています。石けん水の中に汚れ成分の油が入ってくると、親油性の一端を油の方に向けて無数の石けん分子が集まり、中心に油分を閉じ込め、外側を水のベールで包み囲んだようなカタチ(ミセル化)になります。このようにして、油汚れを落とすことができるのです。
 シクロデキストリンの場合、水に溶けない油分をその内部空洞に取り込むものの、外側は親水性なので、油分が水に可溶化あるいは分散化できることになります。ただし、α、β、γの天然型の各シクロデキストリンは、分子構造の違いから、それぞれの水溶性は大きく異なっています。100ml(25℃)の水に対して、β‐シクロデキストリンはわずか1.8gしか溶けないのに対して、α‐シクロデキストリンは14.5g、γ‐シクロデキストリンはβ‐シクロデキストリンの10倍以上で23.2gが溶けます。つまり、α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンの水への溶解度は、β‐シクロデキストリンの溶解度に比べて、ひと桁高く、α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンは飲料にも利用が容易な水溶性デキストリン、そして、β‐シクロデキストリンは難水溶性デキストリンといえます。(図2)
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5 γ‐シクロデキストリンは天然型シクロデキストリン3種の中で唯一の消化性デキストリン
 α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンの消化性評価のために通常のラット(無処理ラット)と腸内無菌化処理したラット(無菌ラット)を用いてシクロデキストリンの経口投与後の二酸化炭素発生量を測定した結果を図3-1に示します。無処理ラットにα‐シクロデキストリンを給餌した場合、二酸化炭素発生量のピークは、経口投与の9~10時間後にみられます。これはα‐シクロデキストリンが腸内細菌により分解されことを意味します。無菌のラットにα‐シクロデキストリンを給餌した場合、二酸化炭素の発生はまったく観察されないことも、これを証明するものです。
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 一方、γ‐シクロデキストリンを給餌した場合、無処理のラットも無菌のラットもともに、二酸化炭素発生量のピークは経口投与の1~2時間後です。これはγ‐シクロデキストリンが、腸管上部で膵臓から分泌される消化酵素によって消化されたことを示唆しています。すなわち、α‐シクロデキストリンは腸管で消化酵素による分解を受けず、腸内細菌によってゆっくり分解され、γ‐シクロデキストリンは腸管で消化酵素によって容易に分解されることが確認されたことになります。また、図3-2にはβ‐シクロデキストリンとデンプンを経口投与した同様な実験結果を示しています。双方の結果よりα‐シクロデキストリンとβ‐シクロデキストリンは難消化性であり、γ‐シクロデキストリンとデンプンは消化性であることがわかります。

6 同じ環状構造の天然型CD3種の安全性は異なる
 WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)が共同で組織したJECFA(世界食品添加物合同専門家会議)は、α、β、γの天然型シクロデキストリン3種の安全性に関する評価結果を発表しています。Α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンは1日の許容摂取量を特定する必要のない安全な物質であると評価し、β‐シクロデキストリンは1日の許容摂取量を5mg/kgと設定しています。このJECFAの安全性評価に基づいて多くの国が食品添加物として、これらの天然型3種のシクロデキストリンの使用制限を定めている。
 EU(欧州連合)では、JECFAの安全性評価を考慮して、食品1kg当たり添加できるβ‐シクロデキストリンの量は1gと決定しています。Α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンについては“安全な食品”を意味するノーベル・フード(Novel Food)となっています。また、米国では食品医薬品局(FDA)によってβ‐シクロデキストリンは「食品香料キャリア」に限ってGRAS(Generally Recognized As Safe)認可されています。一方、α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンは「広範囲用途」でGRAS認可されています。
 つまり“α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンは制限なし”、“β‐シクロデキストリンは制限あり”という、こうした天然型シクロデキストリン3種に関する世界の安全評価に対して、日本では、JECFA評価以前の1970年半ばにシクロデキストリンの製造が始まったこともあり、「シクロデキストリンは天然にも存在する物質だから安全」と判断しており、α‐シクロデキストリン、β‐シクロデキストリン、γ‐シクロデキストリンの3種すべて、食品への添加に使用制限がないのが実情であり、安全性に関する責任はシクロデキストリンを使用する各々の食品業者に任されています。

7 α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンの本格的な工業生産はごく最近の2000年から
 シクロデキストリンの存在は100年以上も前から知られていました。その構造がフタと底のないカップ状で内部空洞に分子を取り込み、光や熱、紫外線などの影響を安定化させたり、水に対する溶解性を改善したりすることから、不思議な性質をもつ“魔法の糖”として注目されました。世界に先駆けてシクロデキストリンの工業生産を実現したのは日本で、1976年のことでした。しかし、工業的に使用できるシクロデキストリンはβ‐シクロデキストリン、あるいはα‐シクロデキストリン、β‐シクロデキストリン、γ‐シクロデキストリンの3種の混合物であり、当時、工業生産が困難なα‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンは混合物から分離するしかないために大変に高価で、特にγ‐シクロデキストリンは1kg当たり100万円以上で工業的な利用はほぼ不可能といわざるを得なかったのです。
 その後、約10年の年月を経て、ドイツのワッカーケミー社によって、α‐シクロデキストリン、β‐シクロデキストリン、γ‐シクロデキストリンをそれぞれ選択的に生産する酵素(αCGTase、βCGTase、γCGTase)が発見され、その結果、α‐シクロデキストリン、β‐シクロデキストリン、γ‐シクロデキストリンを選択的に、しかも経済的に製造する方法が開発されました。
 そして、ついに2000年に、ワッカーケミー社の子会社であるワッカーケミカルコーポレーションは、原料になるトウモロコシのデンプンが最も安価な米国アイオア州に、世界最大のシクロデキストリン製造工場を医薬品製造管理および品質管理基準対応(cGMP)で建設し、食品や医薬品向けに、α‐シクロデキストリン、β‐シクロデキストリン、γ‐シクロデキストリンの3種の工業生産を開始したのです。これにより、従来の10~100分の1以下の製造コストで、高純度なα‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンが経済的に生産できるようになりました。
 その結果、世界のシクロデキストリンの利用状況は激変しました。なかでも、最も水溶性が高く、唯一の消化性であるγ‐シクロデキストリンへの注目度は大きく高まっています。

8 物性が注目されるα‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリン
 シクロデキストリンの水溶性、消化性、安全性について表1にまとめました。このように天然型3種のシクロデキストリンは似通った環状構造をしていますが、水溶性と消化性の二つの物性を比較するだけで、α‐シクロデキストリンは水溶性難消化性デキストリン、β‐シクロデキストリンは難水溶性難消化性デキストリン、そして、γ‐シクロデキストリンは水溶性消化性デキストリンと、それぞれ物性の異なるデキストリン(オリゴ糖)であることがわかります。
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 多くの難溶性成分の生体利用能の向上作用に関しては、α‐シクロデキストリンやβ‐シクロデキストリンではなくγ‐シクロデキストリンが有効な理由は、この水溶性難消化性の特性であると考えられます。また、α‐シクロデキストリンは水溶性難消化性の特性を活かして水溶性食物繊維としての利用が拓けています。
 α‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンの安全性データは100万ドル以上の試験費用を掛けて取得されており、非常に低毒性で安全な物質であることが明らかとなっており、JECFA(世界食品添加物合同専門家会議)は、そのデータをもとにα‐シクロデキストリンとγ‐シクロデキストリンは1日の許容摂取量を特定する必要のない安全な物質であると評価しています。
 工業的な利用が容易になった天然型シクロデキストリン3種はそれぞれの特性をいかした利用法が開発されています。有効成分との組み合わせはもちろん、単独での利用を含め、さらなる応用開発の可能性に大きな期待が寄せられているのです。

9 シクロデキストリンの包接作用により発揮される機能
1)安定化
 光(紫外線)や熱などに弱い物質や、酸化、加水分解されやすい不安定な物質を包接することで、安定化させます。つまり、紫外線、熱、酸化、加水分解などの影響を抑え、変質を防ぎ、保存性を高めることができます。
2)徐放
 辛味や香料などの有効成分をあらかじめ包接化しておき、徐々に放出するとで、長時間利用することが可能になります。
3)生体利用能(バイオアベイラビリティ)の向上
 脂溶性有効成分の多くは水中で凝集して存在しています。シクロデキストリンは内径が1nm以下という微小なカップ状をしており、有効成分を包接すると、その有効成分の分子間力を断ち切り微粒子となります。この微粒子化により、有効成分は分子レベルですぐれた効果を発揮できるようになります。これを、生体利用能(バイオアベイラビリティ)の向上といいます。
4)粘度調整
 粘性の高い物質をシクロデキストリンで包接化すると分子間力を断ち切って粘度を下げることができます。
5)マスキング
 嫌な臭い、苦味なども包接することができ、臭みや苦味を感じさせないように改善できます。このような作用を“マスクをする”という意味で、“マスキング”といいます。
6)吸湿性潮解性の防止
 吸湿性や潮解性の高い物質を包接することで、その吸湿性や潮解性(大気中の湿気を吸収して溶解する性質)を防止します。
7)粉末化
 気体や液体を包接することで安定した粉末にし、それらの利用を容易にします。
8)可溶化
 水に溶けにくい物質を包接し、水に溶解させることができます。たとえば、水と交じり合うことのない油性の物質も、シクロデキストリンというカップに取り入れると、カップの内側が疎水性で、外側が親水性であるため、水になじんで一様に分散し溶けることができるわけで、これを、「可溶化」といいます。

寺尾啓二著『機能性食品・サプリメント開発のための化学知識』(日本食糧新聞社発行)から引用改変