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健康に関する情報を毎週1回発信するサービスは、2010年4月から始めました。そのきっかけは、有名な私立大学の医学部の教授との情報交換でした。以前から取材や先生の活動の支援などで会っていて、最新情報のキャッチ、発信では定評がありました。

その先生と話をするときには、こちらも最新情報を持っていかないと話に置いていかれるかもしれないという緊張感がある対面の場でした。

その情報交換のときに、だんだんと話が食い違うようになり、ひょっとして自分の情報が古かったのか、と思って、資料の付け合わせをさせてもらいました。そこでわかったのは、先生の情報が一つ前のものだったことです。

専門家だけに、専門分野の情報は最新情報が届いていました。ところが、専門分野から一歩離れた周辺のことになると情報が送れることは普通にあることです。専門の先生には、専門分野に注力してもらって、周辺の情報は提供させてもらおうということで、私が収集していた健康情報を発信するようになりました。

初めは1人だけのためだったのが、紹介があったり、周囲に知られるようになってから発信先は徐々に増えていって、定期的に発信するようになり、毎週金曜日の夕方までには送るというのが定番になりました。

当初は私が取材先などから特別にキャッチした情報も載せていたのですが、送り先が多くなるにつれて、情報収集の範囲が広がり、公開情報(といっても検索に慣れていないと出てこない情報も含めて)のサイトをクリックして見てもらうという形に変えました。

私が、こんなことをしていると知ってもらいたい方々にも送っていましたが、あまりに多くなってきたので、発信を希望される方と、私の講習を聞かれた方の追加情報という感覚で、絞りに絞っていきました。

私は“小さな親切”のつもりで発信していても、受け取るほうは“大きなお世話”ということもあるので、減らした結果は東京人脈が300人ほど、岡山では100人を超えたところで、増えたり減ったりを繰り返しています。

昨日で777号(2025年3月14日)になりました。情報不足や1回だけ風邪をひいて発信を休んだことはあるものの、1週に2回発信したこともあって、数えたら毎週1回のペースで続けてきたのと同じになっています。

発信先は、医師、研究者、団体役員、福祉関係者、メディア関係者、それに知人などです。何年も連絡なしで、一方的に健康情報メールを送るだけの関係であっても、急な相談にも気軽に答えてもらえたり、私の検索で抜けていたものを教えてもらうこともあり、私の大事な人脈になっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

厚生労働省による「国民健康・栄養調査」は、1947年(昭和22年)から名称を変えることはあっても、ずっと継続して発表されてきました。初めの発表は終戦から2年が経ち、栄養不足が叫ばれていたことから、その実態を把握することが大きな目的でした。

その当時の名称は「国民栄養の現状」で、これは1993年(平成5年)まで続きました。続いて1994年(平成6年)から2002年(平成14年)までは「国民栄養調査」として実施され、2003年(平成15年)以降は現在の「国民健康・栄養調査」となりました。

ずっと継続されてきたのですが、2021年(令和3年)と2022年(令和4年)は新型コロナウイルス感染症のために調査自体が中止となり、その後は2023年(令和5年)、2024年(令和6年)と発表されています。

「国民栄養の現状」からの変化で、最も注目してもらいたいのは摂取エネルギー量の変遷です。1947年の1日の摂取エネルギー量(20歳以上)は男女平均で1903kcalでした。男性と女性では摂取エネルギー量が異なっていますが、男女別の調査が行われるようになったのは1999年(平成11年)からのことです。

終戦後の食糧難から食が満たされ、飽食の時代と呼ばれるようになった1975年(昭和50年)には2226kcalと最高点に達して、その後は減少に転じます。2011年(平成23年)には1840kcalと最低点となりましたが、これは同年に起こった東日本大震災の影響があったと考えられています。

その後は少しずつ上昇して、最新の2023年(令和5年)の調査結果では男女平均で1893kcal(男性:2108kcal、女性:1703kcal)となっています。

これを見ると、戦後の食糧難の時代よりも摂取エネルギー量が少なくなっていますが、生活習慣病は増え続けています。

これは食事の内容が変わっていったことが大きな要因と考えられていて、これを踏まえて何を、どのように食べればよいのかということを真剣に考えないといけない時代であると認識をしてほしいのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

学習障害の改善には、字を書くことの基本が重視されます。

ひらがな、カタカナ、漢字は、どれも文字として書くときには縦線、横線、斜め線が基本となり、曲線は縦線、横線、斜め線のアレンジとなっています。文字を書く前に、まずは基本となる筆使い(鉛筆づかい)を身につけることから始めます。

初めに書くのは縦横の線だけで描くことができる図形(+)や閉じた図形(◯)で、それに続いて縦線と横線が組み合わされた図形(□)、斜め線の入った図形(△、◇)を描けるようにします。

初めのうちは、いびつであってもよいものの、いつまでも許容することなく、最終的に文字を正確に書くための学業技能を身につけるために、図形も正確に描けるようにすることを心がけて取り組むようにします。

識字障害では、ひらがな一文字を見て、それを読むという基本的なことにも時間がかかることがあります。

文字を見て、その特徴を形で把握して、記憶の中に刻まれた、その文字の読み方を声に出して言うという流れとなります。形で把握するときに、他の文字との違いを判断するのに時間がかかり、さらに記憶から取り出して声に出すときにも時間がかかることになります。

文字を見ることなら簡単にできそうに思えても、見るべき文字に眼球を動かし、止めて、読み取りを開始するまでにも時間がかかることがあり、眼球の動きのトレーニングの差が識字障害の場合には影響することがあります。

「ね」と「ぬ」の違いを、書き順を目で追うようにしないと判断できないという例もあるのですが、これは学習を進めていくことで時間を短縮することができるようになっていくことが知られています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「ホワイト・デー」「マシュマロデー」石村萬盛堂(福岡県福岡市)がバレンタインデーの1か月後にお返しとして白いマシュマロを贈ることを提案して制定。

「キャンディの日」全国飴菓子工業協同組合がホワイトデーに男性がバレンタインデーのお返しとしてキャンディを贈ることにちなんで制定。

「不二家パイの日」不二家がホワイトデーにパイを食べてもらうことを目的にπ(パイ)が3.14とされることから制定。

「切腹最中の日」切腹最中を販売する新正堂(東京都港区)が忠臣蔵の討ち入りの元禄14年3月14日にちなんで制定。

「美白デー」ポーラがホワイトデーにちなんで制定。

毎月14日:「ひよこの日」(ひよ子本舗吉野堂)、「丸大燻製屋・ジューシーの日」(丸大食品)

健康長寿の最良の見本である義父の久郷晴彦先生について、前回(日々修行195)の最後に触れさせてもらいましたが、「健康長寿の最良の見本」と言っていたのは私だけではありません。

久郷先生は薬学博士として健康関連の講演に招かれる機会が多く、私も同じ機会に講演をさせてもらうことが何回もありました。といっても、私の役割は久郷先生の前座であったり、久郷先生の講演の内容を受け取って(バトンタッチ)、より具体的な健康づくりの対処法を話させてもらうということでした。

時には、久郷先生と私の他に、もう1人の専門家(医師が多かった)が講演者となることもありました。その回数は記憶では4回であったと思いますが、そのときに“もう1人の専門家”が口にしていたのが「健康長寿の最良の見本」でした。

「久郷先生を見習って、80歳を過ぎても元気で話をさせてもらえるように頑張る」といったことや「皆さんの目の前に健康長寿の姿がある、ぜひ皆さんも見習って元気に過ごしてほしい」というように表現に違いはあるものの、言わんとしていることは同じです。

久郷先生は京都大学から大手乳業メーカーに転出して、研究所で乳製品と成分の研究をされていました。単に乳製品の研究だけでなく、腸の健康と長寿の関係、健康長寿のための食べ物などの研究も行っていました。

現職のときから講演や執筆もされていましたが、専門家対象から徐々に一般消費者に話す機会が増えていって、私が出会ったときには乳製品の話は少しだけで、幅広い健康の話へと移っていました。

その成果の一つが著書・監修の出版物の数で、150冊を超えています。その中には、健康づくりに取り組むグループのテキスト(教科書代わり)として使われるものも数多くありました。

私のように“専門分野がないのが専門”ということではなくて、久郷先生は薬学と食品成分の研究という専門分野がありながらも、広く健康づくりに役立つ情報を発信するという“他にはいない専門家”でした。

私が健康科学情報センターという情報発信の民間組織を立ち上げ、その中に健康ペンクラブという健康に関する情報発信者の集まりを作ったときに、真っ先に代表になってほしいと話をさせてもらったのが久郷先生でした。

健康ペンクラブの初代会長は久郷先生で、当時の副会長は臨床栄養の師匠に務めてもらいました。その師匠は「年齢の順ということで」と言っていましたが、幅広い健康情報の分析や発信では久郷先生は会長に相応しいと誰もが認めていました。

当時の久郷先生は、全国キー局のテレビ番組への出演も多く、年間30回はテレビで見ていました。その活躍の期間は70歳から91歳までで、90歳が迫っていたときに、私と妻の岡山移住に付き合ってくれました。

東京ではメディアへの露出も地方での講演も、まだまだ続いていて、移住をしないように言ってくるテレビ局や出版社もありました。東京では、いくらでも仕事がある中での移住決断でした。

移住後も大手出版社の健康雑誌の特集や単行本の執筆があり、これは私が手伝いをしました。そのときに言われたのは、「これまで自分の横を伴歩してくれていたので、これからは私が伴歩をする番」ということでした。

言われてみると、私は伴走ならぬ伴歩を、ずっと続けてきたようなものでした。

久郷先生の活躍の時期の入口の70歳を迎えようとしている私が、久郷先生を見習って始めたのは、当たり前のことかもしれませんが、“前を見て話す”ということです。

講演や講習ではパワーポイントを使わず、伝えたい内容は文章や資料にして、話を聞いている方々が、どう感じているのかを確認しながら、反応に合わせた伝え方をすることです。話す相手によって、資料を作り直す、文を書き直すというのは当たり前のことです。

これは簡単そうでも案外と大変なことで、画面に映し出して、それを説明していく、聞いている人に背を向けている、会場が暗いので聞いている人の顔(表情)が見えない中で話してきた人(自分も含めて)には、新たな修行が始まったようにも感じています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

同じ「いためる」という読み方であっても、「傷める」と「痛める」では意味が違っています。しかし、これが混同されていて、本来なら傷つけられている状態であるのに、「痛いだけか」と勘違いされることにもなっています。

例えば、膝についての表現では、身体の動かしすぎなどによって痛みを感じる場合は「膝を痛める」でよいのですが、事故や老化によって膝関節に障害が出ている場合は「膝を傷める」という表現があっています。

膝の違和感の改善を求めて使われるグルコサミンやコンドロイチンは、膝関節の軟骨が減って、軟骨の神経が刺激されて痛みを感じているわけですが、この場合は「傷む・傷める」のほうが、しっくりします。

文化庁の「異字同訓」の漢字の使い分けでは、以下のように示されています。

「痛む・痛める」は、肉体や精神に苦しさを感じることを指していて、例として「足が痛む、腰を痛める、今でも胸が痛む、借金の返済に頭を痛める」があげられています。

「傷む・傷める」は、傷がつく、壊れる、劣化することを指していて、例として「引っ越しで家具を傷める、建物を傷める、髪が傷む、傷んだ果物」があげられています。

このほかの「痛む・痛める」の例としては、「奥歯が痛む」「良心が痛む」「物価高騰で懐が痛む」ということがあげられます。

これを踏まえて、テレビ番組を見ていて気になることを記すと、「胸が傷む」とテロップに流れていて、これを見たときは胸の筋肉を傷めたのか、それとも胸は心臓のことなのかと一瞬ですが、驚いて見てしまいました。

「胸に痛みを感じるだけでなくて、一生消えることがない傷みを受けたのか」と感じたのは、考えすぎなのかもしれません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

厚生労働省の国民健康・栄養調査(令和元年)によると、高血圧症患者は60〜69歳では56.8%、70歳以上では68.6%になっています。

年齢を重ねると血管が徐々に硬くなり、弾力性が低下する動脈硬化が進んでいくことから、加齢は高血圧の大きな要因といえます。

しかし、血圧が上昇する原因は11種類あるとされていて、塩分(ナトリウム)によって血圧が上昇する食塩感受性高血圧は40%ほどとされています。

食塩感受性がない人は食塩を多く摂っても血圧が上昇しない一方で、血圧が高い場合には減塩しても血圧が下がらないという特徴があります。

ナトリウムによって血圧が上昇するのは、ナトリウムが水分を吸着することによって血液中の水分が増えて圧力が高まることが一般的に言われる理由です。

血液中のナトリウムが増えると、血管の細胞にナトリウムが多く取り込まれるようになり、細胞内の水分が増えて水膨れ状態になります。そのために血管が狭くなり、これもナトリウムによって血圧が上昇するメカニズムとなっています。

食塩感受性が低い人であっても、年齢を重ねていくと血管の老化が進んで、ナトリウムによる影響を受けやすくなるので、若いときと同じように安心して塩分を摂ってよい、というわけにはいかなくなるのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「サンドイッチデー」1が3で挟まれていることからサンド(3)イチ(1)の語呂合わせで制定。

「ペヤングソースやきそばの日」まるか食品がペヤングソースやきそばが1975年3月13日に発売されたことから制定。

毎月13日:「一汁一菜の日」(一汁一菜ぷらす・みらいご飯)、「お父さんの日」(ヤクルト本社)、「登山の日」(ICI石井スポーツ)

「健康長寿」というのは多くが望むことではあり、これを実現するためには、まずは長寿であることが第一条件となります。日本人の平均寿命は、今から80年前の終戦から2年後の段階では男性が50歳になったばかりで、女性は少し長生きでも53歳ほどでした。

それが今では(令和5年調査)、男性が81.09歳、女性が87.14歳と30年以上も長生きとなっています。この30年以上の延びた分を、どれだけ次世代のために使うことができるのかというのが、長生きになった私たちの役割ではないか、ということを常々話をさせてもらっています。

次世代のために使うとしたら、元気で過ごすことが必要です。元気で過ごせる期間は長ければ長いほど、平均寿命との差が短ければ短いほど、多くのことを伝えていくことができるわけですが、そのような状態であるのかどうかは健康寿命を見ることで確認することができます。

令和4年調査の健康寿命は、男性が72.57歳、女性が75.45歳と、平均寿命よりも差がないことがわかります。健康寿命は日常生活に制限がない期間の平均を指しています。

平均寿命の男女差は6.04年ですが、健康寿命の男女差は2.88年と大きな差ではありません。健康寿命から平均寿命までの差が短くなっているということは、自由に動くことができなくなる期間が男性よりも女性のほうが長くなっているということです。

平均寿命と健康寿命の差は、男性が約8.5年、女性が約11.6年で、これは単に女性のほうが長生きということだけでは説明がつかない状況となっています。

男性の72歳、女性の75歳というと、まだまだ元気に動いている、場合によっては現役で働いている(会社や団体での働きではなくて、家業や家庭での働きも含んでのことですが)年齢です。

ちなみに、現在(2025年3月13日)の私は、あと1か月弱で70歳です。あと2年で現役を続けたくてもできない年齢なのかと嘆くのか、まだまだ現役が続けられそうと希望を持って過ごせるのかは、これまでにやってきたことの結果が明らかにしてくれます。

希望を持って過ごしていくことができるであろうというのは、私にとって実によい見本となる人が身近にいたからで、それは私の義父(妻の父親)の久郷晴彦先生(薬学博士)です。

詳しくは次回(日々修行196)に書かせてもらいますが、私と妻と一緒に、夫婦で岡山に移住してくれました。そのときに、義父は90歳になっていました。健康長寿の最良の見本であり、長生きの人が現役を続けて、次世代につなげる、次世代を育てるということを実践していました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

2025年は団塊世代の全員が75歳以上の後期高齢者になる年で、高齢化率は30%にもなると推計されています。前期高齢者(65〜74歳)よりも後期高齢者のほうが多くなったことで、これまでの高齢化率の高さよりも、もっと深刻に考えなければならない時代となっています。

このことは大問題であり、「2025年問題」と表現されています。それもあって2025年は高齢者対策が注目されがちですが、もう一つの重要な変化が見逃されがちです。

それは15年後の2040年の変化の予測で、その対策も同時に着手しないと、前期高齢者を支えることが難しくなるということです。

2040年には団塊ジュニア世代(1971年から1974年に誕生)の全員が65歳以上になります。高齢化率は35%に達すると推計されています。

これは出生数が予測通りの減少であった場合のことで、これまでの予測では2030年に年間出生数が70万人を割ると言われていました。ところが、2024年に70万人を下回っていて、高齢化率35%は目前に迫っていることがわかります。

団塊ジュニア世代は2025年に50〜53歳となりますが、労働安全衛生法では55歳以上は「高年齢者」と呼ばれていて、生産効率の低下、注意力・集中力の低下、事故発生率と事故の重度化が指摘されています。

この実態があることから定年退職年齢は60歳でしたが、2025年から65歳への引き上げが義務化されて、本人が希望すれば70歳までの雇用が努力義務化されました。

これは高齢者の体力が以前に比べて高くなったことよりも、人手不足に対応するためであることは明らかです。

これまでは体力・気力が低下する中で、55〜60歳の5年間だけ働くための健康度の維持が求められましたが、65歳定年では10年間と2倍に、70歳定年では15年間と3倍にもなります。

これに対応するためには、50歳を過ぎたときから健康で過ごすための取り組みが必要です。その対象の中心が団塊ジュニア世代であるので、これまでの健康対策では充分ではないということに気づき、行動を起こさなければならない状況になっているのです。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕