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日本メディカルダイエット支援機構のホームページの「最新情報」は、タイトルとは異なっていて、「最も新たに書き加えた情報」が詰め込まれているページになっています。

初めのうちは、最新情報として国や研究機関、大学などの発表も載せていたのですが、これでは他の団体のホームページと同じではないかと思い、健康関連の情報の解説や考えたことなどを書くようになりました。

また、「最新情報」は、これから会う人に伝えたいことを書いておくメモ書きのように使うことがあり、さらに伝えたことを忘れないようにする備忘録のような役割も持たせるようになりました。

そのようなことを続けていたら、どんどん増えていって、2015年から10年を経て、7612本になりました(2025年3月16日現在)。

今は1日に大ネタ、小ネタ(毎日の記念日など)の原稿(コラムのようなものですが)を合わせて4〜5本を書き加えています。

このままの調子でいけば、来年の初め頃には8888本になりそうで、それを目標の本数として掲げることにしました。

ここまで多くなると、自分が書いたものを探すのも大変になるので、それぞれのテーマに番号を振ってみましたが、それでもバックナンバーは1ページが10本ずつであるので、どこまでページを捲る(実際にはクリックする)ことになるのかもわからなくなってしまいました。

そんなときに、発達特性(発達障害)に関わる原稿を、すべて見て見たいという方があって、メールにリンク先を貼るということをしてのですが、これが案外と大変な作業でした。

その話があったときには、まだ800本くらいだったのですが、リンクを貼る方(私のこと)もリンクを開いて見る方(依頼してきた方)も大変なので、別の方法を考えることにしました。

何もデジタルの情報をデジタルのまま見てもらう必要はなくて、文字だけの情報なので、ナンバリングしたコラム原稿を抜き出して、Wordに変換しました。

この情報の中から、必要とされる部分を抜き出して、PDFに変換してメール添付で送っています。

この方法で発達特性の原稿を数えてみたら、1214本(これも2025年3月16日現在)になっていました。

ホームページの原稿は文字だけにしています。なぜ文字だけの情報なのかというと、「最新情報」だけでなく、どのコーナーも目次の延長のようなものという感覚で書いていて、もちろん詳しい情報、裏付け情報は別に用意してあります。

それは詳しく知りたいという方(今は知り合いの方に限らせてもらっていますが)の要望に合わせて、図表を含めてメール添付で送るようにしています。

その要望も増えてきていて、これに応えることも、それなりの時間がかかっていて、修行のようになっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

出版に関わる仕事というと周囲で多かったのは編集者で、作家の先生の書いた原稿を書籍にするという役割ですが、私の場合は書籍ではゴーストライター歴が184冊ということで、作家の先生のように創作の苦しみを味わうことはありませんでした。

しかし、創作の苦しみと闘う先生の横について、実力どおりの作品とすることを通じて、苦しみを共有して、その苦しみを自分のことのように感じることだけはありました。

一緒の作家団体の役員をされていた先生が高血圧であるのは知っていて、顔を合わせるたびに仕事を続けながら血圧を安定させる方法について話をさせてもらっていました。

それが通じないほど血圧が上昇して、高血圧症と診断され、降圧剤も出されていたのですが、急に“筆が遅くなった”と聞きました。遅筆ということがない、むしろ速筆の先生だったので、ご自宅を訪ねました。

そのときに知ったのは、収縮期血圧が190mmHgを超えてⅢ度高血圧という最高レベルになっていたのに、降圧剤を飲んでいないということでした。血圧が下がると集中して書けなくなるということで、そのときは書く前には飲まないということでしたが、後になって仕事があるときは飲まなくなったということを聞きました。

ずっと書き続けてきた人が思ったように書けなくなることは苦であって、浄土真宗の宗祖の親鸞聖人の教えの「自業苦」(じごく)と同じことだと感じました。この自業苦を越えた先の「業苦楽」(ごくらく)を期待して、降圧剤を飲まない分だけ、生活改善として食事、休養、運動をすすめました。

それも簡単にできて、続けられる方法を伝えたつもりでしたが、改めることができなくて、結局は脳梗塞になって書けない状態になりました。書くことはできないものの、そのほかの脳の機能は残されていたために、書けないことの自業苦は、それから5年も続きました。

そうなったときに私たちができたことは、読者に知られないようにして過去の作品を文庫にして、亡くなられてからも印税が残された家族に入るようにすることだけでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

100kcal単位の栄養学の普及を、どこから始めようかと考えて、さまざまな集団にアプローチしてきました。講習を実施しても、それを自分のこととして受け入れ、家族や親戚、友人などの身近なこととして受け取ってもらえないことが多く、どこで話をすればよいのか迷うこともありました。

その迷いの解決のヒントになるところが一つ浮かんできました。それは「岡山自主夜間中学校」です。

夜間中学校というと、夕方以降の時間帯に授業を行う中学校です。さまざまな理由から義務教育を修了できなかった人や、外国籍で本国では義務教育を修了していない人など、多様な背景を持つ人たちが学ぶ場となっています。

公設の夜間中学校は32都道府県・指定都市に53校が設置されていて、文部科学省によると夜間中学校は各都道府県・指定都市に1校は設置されるように設置促進が行われています。

これに対して自主夜間中学校は学校としての認可を受けていないために、中学校の卒業資格を取得することができませんが、年齢・国籍などに関係なく幅広い方々が学べる場所であり、その多くはボランティアによって運営されています。

岡山自主夜間中学校は2018年から開設され、日本最大規模となっています。登録している生徒は400人、講師は300人を超えています。

私は、岡山自主夜間中学校の特別授業(一斉授業)で、生徒と講師などを対象とした栄養講習を担当しています。対象者が、生徒だけでも中学生から最高齢は82歳まで、実際に学んできたこと、文字を読む力にも差があり、日本語に充分に馴染んでいない外国籍の方もいます。

初めの45分授業で、100kcalの摂取エネルギー、エネルギー代謝のためのビタミンの必要性、そのための食べるべき食品を3枚の図だけで示しましたが、どこまで理解してもらえたのかは、続けていく中で確認できればと思っています。

全員が継続して栄養学講習を学んでもらえるわけではなくて、毎回、初めての人が複数いて、普通の授業で実施できる教科書に書かれていることを順番に説明していけばよいというわけにもいきません。

それでも100kcalが栄養について考える重要な項目であり、自分が食べるものを100kcalの分量でとらえて、何を、どれだけ食べればよいのかということについて時間をかけて、繰り返して伝えていきます。

理解のために、どう伝えればよいかということを学ばせてもらい、それは範囲を広げていくときに必ず役立つものと信じて、奮闘を続けています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「靴の日」日本靴連盟が1870年3月15日に東京の築地入船町に日本初の西洋靴の工場が作られたことにちなんで制定。

「会いに、走れ。記念日」ニューバランスジャパンが大切な人に走って会いに行く決意を促そうと制定。

毎月15日:「お菓子の日」(全国菓子工業組合連合会)、「惣菜の日」(日本惣菜協会)

健康に関する情報を毎週1回発信するサービスは、2010年4月から始めました。そのきっかけは、有名な私立大学の医学部の教授との情報交換でした。以前から取材や先生の活動の支援などで会っていて、最新情報のキャッチ、発信では定評がありました。

その先生と話をするときには、こちらも最新情報を持っていかないと話に置いていかれるかもしれないという緊張感がある対面の場でした。

その情報交換のときに、だんだんと話が食い違うようになり、ひょっとして自分の情報が古かったのか、と思って、資料の付け合わせをさせてもらいました。そこでわかったのは、先生の情報が一つ前のものだったことです。

専門家だけに、専門分野の情報は最新情報が届いていました。ところが、専門分野から一歩離れた周辺のことになると情報が送れることは普通にあることです。専門の先生には、専門分野に注力してもらって、周辺の情報は提供させてもらおうということで、私が収集していた健康情報を発信するようになりました。

初めは1人だけのためだったのが、紹介があったり、周囲に知られるようになってから発信先は徐々に増えていって、定期的に発信するようになり、毎週金曜日の夕方までには送るというのが定番になりました。

当初は私が取材先などから特別にキャッチした情報も載せていたのですが、送り先が多くなるにつれて、情報収集の範囲が広がり、公開情報(といっても検索に慣れていないと出てこない情報も含めて)のサイトをクリックして見てもらうという形に変えました。

私が、こんなことをしていると知ってもらいたい方々にも送っていましたが、あまりに多くなってきたので、発信を希望される方と、私の講習を聞かれた方の追加情報という感覚で、絞りに絞っていきました。

私は“小さな親切”のつもりで発信していても、受け取るほうは“大きなお世話”ということもあるので、減らした結果は東京人脈が300人ほど、岡山では100人を超えたところで、増えたり減ったりを繰り返しています。

昨日で777号(2025年3月14日)になりました。情報不足や1回だけ風邪をひいて発信を休んだことはあるものの、1週に2回発信したこともあって、数えたら毎週1回のペースで続けてきたのと同じになっています。

発信先は、医師、研究者、団体役員、福祉関係者、メディア関係者、それに知人などです。何年も連絡なしで、一方的に健康情報メールを送るだけの関係であっても、急な相談にも気軽に答えてもらえたり、私の検索で抜けていたものを教えてもらうこともあり、私の大事な人脈になっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

厚生労働省による「国民健康・栄養調査」は、1947年(昭和22年)から名称を変えることはあっても、ずっと継続して発表されてきました。初めの発表は終戦から2年が経ち、栄養不足が叫ばれていたことから、その実態を把握することが大きな目的でした。

その当時の名称は「国民栄養の現状」で、これは1993年(平成5年)まで続きました。続いて1994年(平成6年)から2002年(平成14年)までは「国民栄養調査」として実施され、2003年(平成15年)以降は現在の「国民健康・栄養調査」となりました。

ずっと継続されてきたのですが、2021年(令和3年)と2022年(令和4年)は新型コロナウイルス感染症のために調査自体が中止となり、その後は2023年(令和5年)、2024年(令和6年)と発表されています。

「国民栄養の現状」からの変化で、最も注目してもらいたいのは摂取エネルギー量の変遷です。1947年の1日の摂取エネルギー量(20歳以上)は男女平均で1903kcalでした。男性と女性では摂取エネルギー量が異なっていますが、男女別の調査が行われるようになったのは1999年(平成11年)からのことです。

終戦後の食糧難から食が満たされ、飽食の時代と呼ばれるようになった1975年(昭和50年)には2226kcalと最高点に達して、その後は減少に転じます。2011年(平成23年)には1840kcalと最低点となりましたが、これは同年に起こった東日本大震災の影響があったと考えられています。

その後は少しずつ上昇して、最新の2023年(令和5年)の調査結果では男女平均で1893kcal(男性:2108kcal、女性:1703kcal)となっています。

これを見ると、戦後の食糧難の時代よりも摂取エネルギー量が少なくなっていますが、生活習慣病は増え続けています。

これは食事の内容が変わっていったことが大きな要因と考えられていて、これを踏まえて何を、どのように食べればよいのかということを真剣に考えないといけない時代であると認識をしてほしいのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

学習障害の改善には、字を書くことの基本が重視されます。

ひらがな、カタカナ、漢字は、どれも文字として書くときには縦線、横線、斜め線が基本となり、曲線は縦線、横線、斜め線のアレンジとなっています。文字を書く前に、まずは基本となる筆使い(鉛筆づかい)を身につけることから始めます。

初めに書くのは縦横の線だけで描くことができる図形(+)や閉じた図形(◯)で、それに続いて縦線と横線が組み合わされた図形(□)、斜め線の入った図形(△、◇)を描けるようにします。

初めのうちは、いびつであってもよいものの、いつまでも許容することなく、最終的に文字を正確に書くための学業技能を身につけるために、図形も正確に描けるようにすることを心がけて取り組むようにします。

識字障害では、ひらがな一文字を見て、それを読むという基本的なことにも時間がかかることがあります。

文字を見て、その特徴を形で把握して、記憶の中に刻まれた、その文字の読み方を声に出して言うという流れとなります。形で把握するときに、他の文字との違いを判断するのに時間がかかり、さらに記憶から取り出して声に出すときにも時間がかかることになります。

文字を見ることなら簡単にできそうに思えても、見るべき文字に眼球を動かし、止めて、読み取りを開始するまでにも時間がかかることがあり、眼球の動きのトレーニングの差が識字障害の場合には影響することがあります。

「ね」と「ぬ」の違いを、書き順を目で追うようにしないと判断できないという例もあるのですが、これは学習を進めていくことで時間を短縮することができるようになっていくことが知られています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「ホワイト・デー」「マシュマロデー」石村萬盛堂(福岡県福岡市)がバレンタインデーの1か月後にお返しとして白いマシュマロを贈ることを提案して制定。

「キャンディの日」全国飴菓子工業協同組合がホワイトデーに男性がバレンタインデーのお返しとしてキャンディを贈ることにちなんで制定。

「不二家パイの日」不二家がホワイトデーにパイを食べてもらうことを目的にπ(パイ)が3.14とされることから制定。

「切腹最中の日」切腹最中を販売する新正堂(東京都港区)が忠臣蔵の討ち入りの元禄14年3月14日にちなんで制定。

「美白デー」ポーラがホワイトデーにちなんで制定。

毎月14日:「ひよこの日」(ひよ子本舗吉野堂)、「丸大燻製屋・ジューシーの日」(丸大食品)

健康長寿の最良の見本である義父の久郷晴彦先生について、前回(日々修行195)の最後に触れさせてもらいましたが、「健康長寿の最良の見本」と言っていたのは私だけではありません。

久郷先生は薬学博士として健康関連の講演に招かれる機会が多く、私も同じ機会に講演をさせてもらうことが何回もありました。といっても、私の役割は久郷先生の前座であったり、久郷先生の講演の内容を受け取って(バトンタッチ)、より具体的な健康づくりの対処法を話させてもらうということでした。

時には、久郷先生と私の他に、もう1人の専門家(医師が多かった)が講演者となることもありました。その回数は記憶では4回であったと思いますが、そのときに“もう1人の専門家”が口にしていたのが「健康長寿の最良の見本」でした。

「久郷先生を見習って、80歳を過ぎても元気で話をさせてもらえるように頑張る」といったことや「皆さんの目の前に健康長寿の姿がある、ぜひ皆さんも見習って元気に過ごしてほしい」というように表現に違いはあるものの、言わんとしていることは同じです。

久郷先生は京都大学から大手乳業メーカーに転出して、研究所で乳製品と成分の研究をされていました。単に乳製品の研究だけでなく、腸の健康と長寿の関係、健康長寿のための食べ物などの研究も行っていました。

現職のときから講演や執筆もされていましたが、専門家対象から徐々に一般消費者に話す機会が増えていって、私が出会ったときには乳製品の話は少しだけで、幅広い健康の話へと移っていました。

その成果の一つが著書・監修の出版物の数で、150冊を超えています。その中には、健康づくりに取り組むグループのテキスト(教科書代わり)として使われるものも数多くありました。

私のように“専門分野がないのが専門”ということではなくて、久郷先生は薬学と食品成分の研究という専門分野がありながらも、広く健康づくりに役立つ情報を発信するという“他にはいない専門家”でした。

私が健康科学情報センターという情報発信の民間組織を立ち上げ、その中に健康ペンクラブという健康に関する情報発信者の集まりを作ったときに、真っ先に代表になってほしいと話をさせてもらったのが久郷先生でした。

健康ペンクラブの初代会長は久郷先生で、当時の副会長は臨床栄養の師匠に務めてもらいました。その師匠は「年齢の順ということで」と言っていましたが、幅広い健康情報の分析や発信では久郷先生は会長に相応しいと誰もが認めていました。

当時の久郷先生は、全国キー局のテレビ番組への出演も多く、年間30回はテレビで見ていました。その活躍の期間は70歳から91歳までで、90歳が迫っていたときに、私と妻の岡山移住に付き合ってくれました。

東京ではメディアへの露出も地方での講演も、まだまだ続いていて、移住をしないように言ってくるテレビ局や出版社もありました。東京では、いくらでも仕事がある中での移住決断でした。

移住後も大手出版社の健康雑誌の特集や単行本の執筆があり、これは私が手伝いをしました。そのときに言われたのは、「これまで自分の横を伴歩してくれていたので、これからは私が伴歩をする番」ということでした。

言われてみると、私は伴走ならぬ伴歩を、ずっと続けてきたようなものでした。

久郷先生の活躍の時期の入口の70歳を迎えようとしている私が、久郷先生を見習って始めたのは、当たり前のことかもしれませんが、“前を見て話す”ということです。

講演や講習ではパワーポイントを使わず、伝えたい内容は文章や資料にして、話を聞いている方々が、どう感じているのかを確認しながら、反応に合わせた伝え方をすることです。話す相手によって、資料を作り直す、文を書き直すというのは当たり前のことです。

これは簡単そうでも案外と大変なことで、画面に映し出して、それを説明していく、聞いている人に背を向けている、会場が暗いので聞いている人の顔(表情)が見えない中で話してきた人(自分も含めて)には、新たな修行が始まったようにも感じています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

同じ「いためる」という読み方であっても、「傷める」と「痛める」では意味が違っています。しかし、これが混同されていて、本来なら傷つけられている状態であるのに、「痛いだけか」と勘違いされることにもなっています。

例えば、膝についての表現では、身体の動かしすぎなどによって痛みを感じる場合は「膝を痛める」でよいのですが、事故や老化によって膝関節に障害が出ている場合は「膝を傷める」という表現があっています。

膝の違和感の改善を求めて使われるグルコサミンやコンドロイチンは、膝関節の軟骨が減って、軟骨の神経が刺激されて痛みを感じているわけですが、この場合は「傷む・傷める」のほうが、しっくりします。

文化庁の「異字同訓」の漢字の使い分けでは、以下のように示されています。

「痛む・痛める」は、肉体や精神に苦しさを感じることを指していて、例として「足が痛む、腰を痛める、今でも胸が痛む、借金の返済に頭を痛める」があげられています。

「傷む・傷める」は、傷がつく、壊れる、劣化することを指していて、例として「引っ越しで家具を傷める、建物を傷める、髪が傷む、傷んだ果物」があげられています。

このほかの「痛む・痛める」の例としては、「奥歯が痛む」「良心が痛む」「物価高騰で懐が痛む」ということがあげられます。

これを踏まえて、テレビ番組を見ていて気になることを記すと、「胸が傷む」とテロップに流れていて、これを見たときは胸の筋肉を傷めたのか、それとも胸は心臓のことなのかと一瞬ですが、驚いて見てしまいました。

「胸に痛みを感じるだけでなくて、一生消えることがない傷みを受けたのか」と感じたのは、考えすぎなのかもしれません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕