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岡山に移住して、もうじき(2025年3月4日現在)8年になりますが、その間の6年間は移住の目的としていたことも、その後に予定していたこともできない自業苦(じごく)の期間で、その後の1年と11か月が岡山で実質活動できた期間のようなものです。

その経験が業苦楽(ごくらく)につながるかどうかは、“私の心がけ次第”ではなくて、どのような自業苦の苦しみであったのかが関係していて、そのギャップが大きいほど業苦楽の喜びが大きくなると認識しています。

実際に、どのような自業苦であったのかは前回(業苦楽8)書いていますが、“自業苦の底”が見える寸前まで落ちたという感覚があり、それこそ東京にいた44年間でも経験していなかった自業苦の経験をしました。

そのおかげで、小さな喜びを大きく感じることができるようになりました。

「おかげ」は好ましい結果に使う言葉です。好ましくない結果には「せい」を使うのが正しい用法です。今でこそ自業苦の苦しみを与えた人のことを「おかげ」と表現することができるようになりましたが、当時は「せい」を使うしかない状況であり、そのような心理状態でした。

岡山に移住して、これまでの活動範囲に比べたら“庭先を回っているようなもの”という感覚でしたが、自分の年齢が70歳に近づくにつれて、行動範囲も限られるようになり、これまでの経験を活かせる範囲も限られてきました。

そのような状態になってみると、岡山は“ちょうどいい”サイズに感じるようになり、まさに業苦楽(苦が楽に転じる)に適した場所で、周囲の方々が業苦楽を感じられるように動くことができる地域であることも実感できるようになりました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

身体の発達のためには、良質なたんぱく質が含まれる食品を不足しないように摂取する必要があります。良質なたんぱく質というのは、身体に必要なアミノ酸のうち体内で合成されない必須アミノ酸がバランスよく含まれているものを指します。

必須アミノ酸は9種類ありますが、体内で合成されないということは、食品から摂らないと不足することになります。必須アミノ酸が1種類でも不足していると、他の8種類の必須アミノ酸が足りていたとしても、不足した低いレベルでしか効力が発揮できなくなります。

9種類の必須アミノ酸がバランスよく含まれている食品としては、肉、魚、牛乳・乳製品、卵、大豆・大豆製品があげられます。

肉は豚肉、牛肉、鶏肉などを指していますが、これらのエサの穀類、豆類(大豆)は残留農薬が指摘されています。遺伝子組み替え食品の不安もあります。牛肉には成長促進のためのホルモン剤が規制以上に使われている場合もあります。

魚は養殖の場合には抗生物質や有害物質が検出されたことがあります。天然の場合には水銀などの有害ミネラルも検出されています。

牛乳・乳製品は牛の体内に入った化学物質が脂肪に溶けて含まれている可能性があります。最も流通している高温殺菌の牛乳は120℃で2〜3秒の加熱が行われます。低温殺菌の牛乳は60℃で30分の加熱が必要で、時間も経費もかかります。

高温殺菌は3秒ほどの間に120℃まで温度を高めることができるパイプを通過させています。パイプに触れたたんぱく質は高温によって変性するため、変性たんぱく質が含まれている可能性が高く、これが牛乳アレルギーの原因の一つとも考えられています。

卵は鶏のエサに残留する農薬や化学物質が気味に移行する不安もありますが、黄身の色を濃くするために使われる卵黄着色剤という食品添加物の存在があります。

安い卵は20時間ほどで産卵するようにさせる方法が使われているのですが、これでは鶏が疲弊してエサ(トウモロコシなど)に含まれる色素が卵黄に入りにくくなります。そのために卵黄着色剤が使われるのです。

これらの有害物質は、脂肪に溶ける性質があります。体内に脂肪が多く蓄積がされている人は、それだけ有害物質が蓄えられやすくなっているので、体脂肪が一定以上に増えないようにするか、有害物質の摂取量を減らすかしないといけないということになります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「耳の日」日本耳鼻咽喉科学会が3が耳を連想させることから制定。

「ミミの日」聴覚障害の予防・治療の理解を広めることを目的にミ(3)ミ(3)の語呂合わせで制定。

「ささみの日」味のちぬや(香川県三豊市)が、ささ(3)み(3)の語呂合わせで制定。

「春のちらし寿司の日」あじかん(広島県広島市)が、ひな祭りの定番のちらし寿司にちなんで制定。

「3×3の日」日本バスケットボール協会とクロススポーツマーケティングが3on3の普及を目的に3×3の語呂合わせで制定。

「耳かきの日」レーベン(神奈川県横浜市)が耳の日にちなんで制定。

「ポリンキーの日」湖池屋がポリンキーの三角形から3が重なる日を制定。

「骨の健康デー」アサヒグループ食品が骨の形の左右の輪郭が3に似ていることから制定。

「眠眠打破の日」常盤薬品工業が眠(3)眠(3)打破の語呂合わせで制定。

「キシリクリスタルの日」春日井製菓がキシリクリスタルの3層構造から3月3日を記念日に制定。

毎月3日:「くるみパンの日」(カリフォルニアくるみ協会)、「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

親鸞聖人の教えの「自業苦」と「業苦楽」については、これまでに何回か書いてきました。自業自得の自業によって苦しむのが自業苦(じごく)、苦を乗り越えて楽と感じるようになることが業苦楽(ごくらく)ということですが、その例を現代の出来事を一つだけあげるとすると日産とホンダの経営統合話から破談に至る経緯です。

日産は通称で正式名称は日産自動車株式会社、ホンダの正式名称は本田技研工業株式会社です。

日産自動車について初めて文に書いたのは、ゴーストライター時代に“社風の研究”をテーマにした書籍(PHP研究所)の中でのことでした。単行本は1983年の発行で、1986年に文庫本にもなっています。

日産の発祥は、戦前の日本産業コンツェルンという戦前の財閥で、1937年には三井財閥、三菱財閥に次ぐ第3位で、鮎川財閥とも呼ばれていました。日本産業は戦前の満州に政府の要請によって進出して、自動車も扱っていましたが、戦後には日産自動車として独立しました。

戦後は国策からは離れたとはいえ、日産自動車は国とのつながりは強くて、特殊銀行である日本興業銀行が今でいうメインバンクとなって支えてきました。

日産自動車といえば「技術の日産」というキャッチフレーズが知られ、これは日産自動車のアイデンティティとなっています。

技術の日産を象徴する車種としてスカイライン、シーマ、フェアレディZがあげられます。日産自動車の社長が本田技研工業の社長に経営統合の断りを入れるときに乗っていたのはシーマでした。

シーマについては余談があって、シーマ(CIMA)の名付け親と一緒に仕事をしたことがあります。

CIMAはスペイン語で「頂上・完成」の意味で、公式見解では初代シーマの開発責任者が少年時代に父親から買ってもらった腕時計がシーマ(Cyma)のもので、それに由来するとのことになっています。

しかし、これは逸話であって、実際には広告代理店の担当が広告戦略とともに命名しました。その担当は後に日本ウオーキング協会の専務理事となりましたが、その方と一緒に同協会の活動の下請をする一般社団を立ち上げ、私が代表理事となって活動していました。

「技術の日産」は確かに多くが認めるところではあるものの、それは従来の自動車の時代のことであって、今は時代が違います。狭い日本国内では優位かもしれないのですが、大市場のアメリカでは事情が大きく異なり、燃費と長距離を早く走る“技術”が重要になります。

このタイミングで「技術の日産」をプライドとして持ち出すことは、まるでバブル時代の成功を自慢しているみたいに感じるという声が数多くあるのは事実です。

今回の破談の報道に対して、断りを入れた日産自動車のほうが本田技研工業よりも大きいとの印象を持っている人が多かったのですが、現在の企業規模、生産台数、販売額、収益、時価総額まで本田技研工業が日産自動車を大きく引き離しています。

自業苦を業苦楽にするチャンスであったのに、それを逃すような行動を起こしたのは別のスポンサーがいるのか、それとも幹部が顔色を窺わなければならない人がいるのか、という話があり、そのことについては次々回(日々修行187)に書くことにします。

日産自動車には以前にもチャンスがありました。コストカッターを得意とする海外の専門家を代表に受け入れて再建を図ったことが大失敗した、そのタイミングでした。

それが「まだ、そんなことを言っているのか」という状況に再び陥ってしまった今、残されている道は、それほど多くはありません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

サプリメントの成分は、ビタミンやミネラルだけでなく、すべての成分が摂取のタイミングが明らかにされています。いつ摂っても吸収率が変わらないものがある一方で、摂取タイミングを誤るとスルーされるだけ、つまり小腸から吸収されない成分もあります。

そのため、サプリメントのパッケージや説明資料、その商品の説明をするホームページなどに、いつ摂るのがよいのかが書かれていることが期待されますが、それは実現は不可能なことです。

サプリメントや健康食品などは摂取タイミングを表示することができません。これは「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に基づいて禁止されているからで、その詳細は「無承認無許可医薬品監視指導マニュアル」に書かれています。

摂取タイミングを表示・表記してよいのは医薬品だけで、そのタイミングとしては食前、食中、食後、食間などがあげられます。これに対して医薬品以外のものは、いつ摂取すればよいかを消費者に伝えることはできません。

ビタミンを例にあげると、水溶性ビタミンは、いつ摂っても吸収されます。ところが、脂溶ビタミンは脂質に溶けてから吸収されるので、胃の中に脂肪が含まれた食品があるときでないと溶けることはなくて、小腸を素通りすることになります。何も食べていない空腹時を避けて摂らなければならないわけです。

脂溶性ビタミンは、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンKを指しています。

ミネラルは基本的には、いつ摂ってもよいのですが、カルシウムは胃の中でイオン化して吸収されるので、食べたものを消化している段階ではイオン化しにくいことから、空腹時に摂るのが正解です。

脂溶性の性質の成分で他に注意したいのはコエンザイムQ10です。人気の成分ですが、これも空腹時に摂ると素通りするだけです。

摂取タイミングを表示すると、偽(ニセ)薬と判断されて、医薬品の偽物を販売したのと同じに扱われて、販売禁止、回収などの厳しい処分をされます。

この判断についても「無承認無許可医薬品監視指導マニュアル」で詳しく説明されています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

骨粗鬆症は高齢の人に多い病気で、高齢化が進むにつれて骨粗鬆症の人が増えています。

カルシウムは食事での摂取量が低下していて、必要とされる量に比べると20%以上も不足しています。

ダイエットをしたり、加齢によって食事量が減りがちになると、カルシウムも不足するようになります。

カルシウムの不足は、骨粗鬆症の要因にもなります。骨粗鬆症が恐れられているのは、高齢者の骨粗鬆症による骨折が寝たきりや痴呆につながることが少なくないからです。

生活習慣病の予防と改善のためには、食事制限などをしなければならないことが多くなっていますが、それによって骨が弱くなって寝たきりになったのでは仕方がありません。

骨折しにくい丈夫な骨をつくり、それを維持することとともに、ある程度の年齢になったら骨粗鬆症になっていないか定期的に検査を受けることが大切になります。

骨の約60%はカルシウムなどの無機質(ミネラル)で、約40%はタンパク質(コラーゲン)などの有機質です。

また、カルシウムは、心臓や手足の筋肉を動かしたり血液を固まらせるなどの働きもしているので、血液中には常に一定のカルシウムが存在している必要があります。

その調整をしているのが、副甲状腺ホルモン、カルシトニンなどのホルモンです。

血液中のカルシウム濃度が低くなると、副甲状腺ホルモンが分泌されて骨からカルシウムを溶かし出し、血液中のカルシウムを増加させます。副甲状腺ホルモンは、活性型ビタミンDの合成を促進する作用もあります。

活性型ビタミンDは、ビタミンDが活性化したもので、ビタミンD₃とも呼ばれます。腸管でのカルシウム吸収を促進したり、骨の代謝を促進する働きがあります。

反対に血液中のカルシウム濃度が高くなると、カルシトニンが分泌されて、血液中のカルシウムが骨に蓄積されます。

このように骨は、カルシウムの供給源と貯蔵庫の役割を果たしています。

そのため、食事から摂るカルシウムが不足すると、材料不足で骨形成が低下するだけでなく、血液中のカルシウムの不足を骨から溶かし出して補うので、骨密度が低下することになります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「ご当地レトルトカレーの日」ご当地レトルトカレー協会がカレーの日が1月22日、レトルトカレーの日が2月12日であることから3月の22日、12日のつながりから2日を制定。

「春のサニーレタスの日」全国農業協同組合連合会福岡県本部がサ(3)ニー(2)の語呂合わせで制定。

「サニの日」ワコールが生理日用のサニタリーショーツのPRのためにサ(3)ニ(2)の語呂合わせで制定。

ダライ・ラマについては随分と前に書きました(日々修行126)が、そのときに、もう一人の化身ラマのパンチェン・ラマについても少し触れました。そう遠くない時期に、パンチェン・ラマについても書いておこうと思ってはいたのですが、2か月ほどが経ってしまいました。

私がダライ・ラマについて詳しく知るようになったのは、日本文芸家クラブの理事だったときに同時期に理事を務めていたペマ・ギャルポさんの影響です。ペマさんはチベット出身で日本に帰化した方で、チベット文化研究所所長、ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当代表も務めていました。

ダライ・ラマはチベット語で大海を意味するダライと、大師を意味するラマに由来しています。チベット仏教の守護尊は観音菩薩で、ダライ・ラマは観音菩薩の化身として転生系譜とされています。

現代のダライ・ラマが没すると託宣などによって次代のダライ・ラマが生まれる地方や特徴が予言され、そこで子供が探されます。本当の化身であるかを特徴や子どものときの癖、過去の記憶によってダライ・ラマの生まれ変わりと認定されます。

現在のダライ・ラマは14代で、初代のゲンドゥン・ドゥプパ(1391〜1474年)から500年以上は続いていることになります。

ダライ・ラマ14世の後継は中国政府が認定する、という話があり、もう一人の化身ラマであるパンチェン・ラマ10世が中国政府によって認定され、インドに亡命したダライ・ラマ14世の代わりを務めるような形になっていました。

ダライ・ラマはゲルク派(チベット仏教の四大宗派の一つ)の最重要の化身ラマで、それに次ぐパンチェン・ラマを併せて、二大ラマと呼んで2人の最高峰の指導者ともされています。

パンチェンはチベット語の「偉大なる」とサンスクリット語の「学者」の合成略語で、ラマは先の説明の通りで大師を表します。

ダライ・ラマが観音菩薩の化身であるのに対して、パンチェン・ラマは阿弥陀如来の化身とされていて、両化身は太陽と月になぞられることもあります。

阿弥陀如来は、私が生まれ育った母親の実家の寺院の宗派(浄土真宗)のご本尊でもあるので、大学で仏教を学び始めたときからパンチェン・ラマには強い関心を抱いていました。

パンチェン・ラマは、世俗的な政治権力を有していないことも、より近しく感じる理由でした。ダライ・ラマはチベット政府の長の務めがあるのに対して、パンチェン・ラマはゲルク派の最大寺院の座主となっています。

パンチェン・ラマもダライ・ラマと同様に転生をしています。

現在のパンチェン・ラマは11世ですが、ダライ・ラマ14世と亡命チベット政府から認められたゲンドゥン・チューキ・ニマと、中国政府に認められたギェンツェン・ノルブが並立状態となっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

しっかりと計画して、準備もしてきたのに、予想もできなかったことが起こって、どうしようもなかったということが起こることは「思いもよらない」と表現すべきです。ところが、この状況を「思いもつかない」と言う人がいます。

これは誤用ですが、単なる誤用というよりも、思いつかない、考えもつかない、考えも及ばないという個人の能力のなさを示していて、それを正直に「思いもつかない」と言っている場合も少なくありません。

正しい使い方の「思いもよらない」は、その人の能力の有無、強弱ということではなくて、 「予想もしなかったことが起こる」ことを指しています。誰であっても予想ができないことであるので、これは仕方がないことと判断されます。

「思いもつかない」と発している本人としては、本当に考えが及ばなかっただけかもしれないのですが、多くの情報を収集して、これを分析する経験を重ねていれば、対処できたかもしれないことも多いのです。

それなりの見識と人材があれば、「予想もしなかったこと」が起こったとしても、簡単に諦めるのではなく、生き残り、乗り越えることもできるはずです。

それこそ3年にも及ぶコロナ禍は、まさに「思いもよらない」ことであって、どうしようもなかった、会社が潰れることも、人が離れることも防ぎようがなかったというのが一般的なことかもしれません。

しかし、これを乗り越えた人もいて、準備万端整えていたおかげで、「災い転じて福となす」という結果にすることができた人もいます。

「思いもよらない」かもしれないことに対して、思いを寄せていた人には、このような誤用の話など関係ないことと言えるかもしれません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本の栄養学は統一されていない」と言われたことがあり、さらに「国立大学と私立大学で違う」と言われたことがありました。

詳しく言うなら「慶應義塾大学病院と他の病院は違う」ということで、慶應義塾大学病院は摂取エネルギー量の単位が100kcalを採用しているのに対して、他の病院は80kcalを採用していることです。

さらに正しくいうと、「かつての慶應義塾大学病院」と表現したほうがよいかもしれません。

一般の病院の病院給食や栄養指導をする部署は栄養科、栄養管理室などの名称となっていますが、慶應義塾大学病院は食養管理室(かつては食養科)との名称となっています。

終戦後の食糧難の時代に対応するために、昭和29年(1954年)に80kcalを目安とする食事指導の提言があったことについては以前(100kcal栄養学9)紹介しました。

100kcal単位で栄養管理をする方法は、自宅で各自が栄養管理を実施する患者でも疾病の予防に取り組む人でも、また健康的なダイエットを目指すためにも大いに役立つものとなっています。

栄養指導に使われるものは100kcal食品を折り紙の大きさ、色彩、枚数で表して、食事をデザインするもので、昭和64年(1989年)には「ダイエットデザインハウス」(慶應義塾大学刊)として発表されました。

その著者は慶應義塾大学病院食養科長であった山下光雄先生で、100kcalの栄養指導だけでなく、100kcal単位で表示される食品の流通の重要性を訴えていました。

その普及のためにのちにNPO法人日本100キロカロリーダイエット協会を設立しますが、設立当時の代表理事は私でした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕