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糖尿病患者から聞かれることが多いことの一つに飲酒の頻度があります。「糖尿病になったので、どの程度に飲酒を控えればよいのか」とか「どれくらいなら飲んでも大丈夫か」という質問ですが、その答えは明らかで、糖尿病と診断されたら「飲酒は禁止」です。

それなのに飲酒が許可されることもあります。これについて、よく言われるのが「主治医の飲酒の有無」です。医師が酒を飲まない場合は「絶対禁止」と言い、医師が酒を飲む場合は、ある程度の飲酒は許すということです。

こういったことがあるのは認めるところですが、“ある程度”の程度が気になる人も多いかと思います。飲酒が許されるといっても、糖尿病では週に1回だけ、アルコールとして25g(日本酒なら1合、ビールなら中瓶1本程度)くらいです。

その飲酒量が許可される人は、血糖値のコントロールができていて、肝機能に問題がなくて、合併症がないことが最低条件です。三大合併症(神経障害、眼の網膜症、腎臓病)があったら、どんなに寛容な医師であっても飲酒は禁止されます。

また、飲み始めたらストップが効かなくなって許可されたよりも飲み過ぎてしまう人、飲んだら食事量が増えてしまう人も飲酒は禁止されます。飲酒は食欲を増進させるだけに、少量の飲酒でも食べすぎることに心当たりがある人は、「どれくらいなら飲んでもよいのか」と聞くだけ無駄ということになります。

糖尿病の人は、自分に都合がよいように解釈しようとする気持ちが強いことが指摘されています。先ほどの25gのアルコール摂取について、「糖尿病を抑える作用がある」という説があり、それを心の拠り所(根拠)として、飲酒を控えるように言う声を聞こうとしないことがあります。

適度な飲酒は血糖値を安定させる作用があるものの、それは糖尿病まで進んでいない「血糖値が高めの人」に限ってのことです。

また、「飲酒をすると血糖値が下がる」という説もあります。アルコール自体には糖分が含まれていないものの、アルコール飲料となると糖分が加えられたものがあります。

アルコールには肝臓でグリコーゲンをブドウ糖に分解して血液中に放出する作用があって、一過性では血糖値は上昇します。しかし、飲酒量が増えると今度は血糖値が下がるようになります。

これは肝臓がアルコールの分解を優先させるためにブドウ糖の放出が遅れて、一時的に血糖値が下がることを指しています。

ここで飲酒も食事も終えていればよいのですが、血糖値が下がると空腹を感じて、食べ過ぎてしまうことになります。そのために食べる量が増えることにもなるので、血糖値を下げる作用があると言って飲みすぎるようなことは絶対に避けなければならないということです。
(このメカニズムについては「日々修行176」で説明します)
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「三つ子の魂百まで」という言葉があります。幼いときに表れた性質は、いくつになっても変わらないという意味で、幼いときの経験の重要性を説いています。

味覚の形成は3歳までの経験が大切で、遅くとも4歳までには一生涯の味覚の基礎を作り上げると言われています。

味覚を感じているのは舌にある味蕾です。味蕾の数は生まれたばかりの乳児には1万個以上あるのですが、3〜4歳から減り始めて、成人では75%ほどになります。そして、高齢者では30%にも減ってしまいます。

味覚には甘味、酸味、苦味、渋味、辛味、塩味などがあります。乳児のときに安心できるのは甘味で、離乳食を始めたばかりのときには甘味以外の味を受け入れようとしないことがあります。

酸味は腐ったものを感じさせる味で、苦味と渋味は毒物を感じさせるものであり、刺激的な辛味(とうがらし、わさび、しょうがなど)も乳児が受けつけない味となっています。また、塩味も強くなると塩辛い刺激のある味となります。

成長につれて、さまざまな食品を食べるようになると五感の違いがわかるようになっていきます。味蕾が受けた刺激が神経を通じて伝えられて、最終的には大脳皮質の味覚野で感じています。その記憶が“おいしい”“おいしくない”の判断の元になり、記憶に照らし合わせて味わうようになります。

和食の薄味や出汁(だし)の味は、3歳までに記憶することで敏感になっていきます。複数の味覚を組み合わせた複雑な味は、いろいろな食材を食べるようになってから身につくことから、10歳くらいまでなら間に合うと考えられています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

性徴といわれる男女差が身体にはみられますが、それと同様に脳の構造や機能にも統計的にみると差があることが知られています。脳の重量は男性で概ね1400~1500gであり、女性が概ね1250~1350gであるのに比べると重いとされています。

脳が大きければ、その分だけ機能が高いとは言えないのは事実で、効率よく機能するためには右脳と左脳の連携が重要になってきます。この連携が女性は優れていて、重量の差を埋めています。

右脳と左脳(左右の大脳半球)をつなぐ脳梁膨大部は女性のほうが大きくなっています。このことによって右脳と左脳の情報伝達がスムーズに行われることになります。

女性は言語機能において左右両半球を活動させていて、左半球(左脳)を主に活動させる男性より高い能力を示すことと関連があるとされています。

また、空間認知機能を担う頭頂葉では、男性のほうが皮質の表面積が大きく(皮質の厚さは女性が大きい)、これが男性で空間認知機能がより高いことと関連しているとの報告もあります。

ただ、脳の構造や機能に関する男女差については、まだ充分に確立された所見とはいえないものも多いので、今後の研究を待たなければならないところがあります。

自閉症の発症には遺伝的要因が大きく関わっています。遺伝子がまったく同じである一卵性双生児における同時発現率は50~85%で、遺伝子がまったく同一とはいえない二卵性双生児の同時発現率の約20%より明らかに多いことは遺伝要因が大きいことを示しています。

一方で、一卵性双生児でも100%の同時発現ではないことが、遺伝要因以外の要素も一定程度関わっていることを示しています。

遺伝要因が大きいことから、自閉症の発現と関連があるのではないかと考えられる遺伝子の研究が活発に行われています。現時点で100以上の自閉症と関連がある可能性のある遺伝子が報告されていて、それらは性染色体を含むヒトの染色体23対のすべてに存在しています。

自閉症の発症に関わる要因は多様で遺伝子については複数が関わっていると考えられていて、このことが自閉症がスペクトラム状態でみられ、個別差があることと一致することにつながると考えられています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「チョコミントの日」チョコミントの日を制定しよう!プロジェクトが全米菓子協会のチョコミントの日に合わせて制定。

「信州・まつもと鍋の日」おいしい信州ふーど・信州まつもと鍋開発プロジェクトチーム(長野県松本市、松本大学、JA松本ハイランド、JA松本市)が温かい鍋がおいしい冬の12月、1月、2月で、食の語呂に合わせて19日を制定。

毎月19日:「いいきゅうりの日」(いいきゅうりの日プロジェクト)、「松阪牛の日」(やまとダイニング)、「熟カレーの日」(江崎グリコ)、「シュークリームの日」(モンテール)、「クレープの日」(モンテール)、「食育の日」(食育推進会議)、「イクラの日」(カッパ・クリエイト)

体質は遺伝と関係するものと遺伝とは関係がないものがありますが、ここでは遺伝的なことの観点で、糖尿病と高血圧について書いていきます。

私の父親の家系は糖尿病になりやすくて、“糖尿病体質”だと指摘されていました。父親も叔父(父の兄)も糖尿病で、父親は脳血管に影響が出て、叔父は心臓に影響が出ました。祖母も糖尿病から脳血管に影響が出たと聞いています。

糖尿病というと尿に糖が多く含まれるようになる病気と認識されることがあるようですが、血糖(血液中のブドウ糖)が多くなりすぎることで血管がもろくなっていきます。ブドウ糖が多く浸透した血管の細胞は新陳代謝が低下して、再生されにくくなることが原因です。

特にダメージを受けやすいのが毛細血管で、毛細血管が密集している神経細胞、眼の網膜、腎臓が早期に影響を受けるようになります。これは糖尿病の三大合併症で、頭文字をとって「しめじ」と呼ばれています。

母親の家系は高血圧症になりやすくて、こちらも“高血圧体質”だと指摘されていました。母親は高血圧で心臓に影響が出ました。祖父は高血圧で若くして脳出血になり、祖母は高血圧でありながら長生きしたものの脳血管の疾患がありました。

高血圧は単に血圧が高い状態を指していますが、治療が必要な段階になると高血圧症と呼ばれます。この“症”が付けられるような段階になると、動脈に強い負担がかかるようになり、心肥大、心不全、脳出血、脳梗塞、狭心症、心筋梗塞、眼底網膜病変、腎障害などの合併症が起こるようになります。

私は両方の遺伝子を受け継いでいるので、糖尿病にも高血圧症にもなりやすい体質だと子どものときから両親にも親戚にも言われていました。

これは健康のために食べ過ぎたり、甘いものを求めたり、おいしいからといって塩分を摂り過ぎないようにという注意喚起の意味もあったのだと思います。

3歳から6歳まで過ごした母親の実家の寺院では、裕福ではなかったものの饅頭などの甘いものは常にあって、漁師町で塩味が効いた魚も食べ放題であったので、今の感覚でいえば糖尿病と高血圧症のリスクがある食生活を“三つ子の魂”でしていたようなものです。

自分としては努力をしたつもりで、糖尿病も高血圧も無関係で古希を目前とした今まで過ごしてきました。弟は両方が出ました。

私も結構、無茶な生活をしてきたはずですが、どうして差が出たのかとの思いもあって、40代のときに遺伝子検査を受けてみました。遺伝子には問題がないという結果が出てから、今更ながらの感覚で、遺伝と生活習慣病の複数の論文を読みました。

要約すると、糖尿病や高血圧の遺伝子(体質)がある人が乱れた生活をすることによって発症するということで、その体質がない人は“少々の” 乱れた生活ではならないということです。

こうなると生活習慣病は、「本人の生活習慣が原因」とは言えなくなるのですが、このことを知ると“少々の乱れ”では済まず、乱れに乱れた生活をする言い訳に使われることもあるので、他の人には(できるだけ)言わないようにしています。
(とは言いながら、書いてしまいましたが)
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

京都の言い回しについて書くという話を知人に伝えたときに、初めに書かれるのではないか、少なくとも早いうちに書かれるのではないかと期待していると言われた言葉があります。

それは「ぶぶ漬けでもいかがですか?」「ぶぶ漬けでもどうどす?」です。これは見聞きしたことが多いようで、期待されるのも理解できることです。

ぶぶ漬けは京都ではお茶漬けのことで、米飯にお茶や出汁をかけたものです。

市販されているお茶漬けの素を使ったり、お茶漬けの素を使わずに本格的に料理の一つとして出すことはあっても、それはコース料理の中に初めから取り入れられているものです。

そのような作法がある「ぶぶ漬け」を、わざわざ食べますかと聞くのは、初めから用意がしていないわけで、充分におもてなしをしたのに、まだ帰らない、まだ食べたそうにしているという無作法な人に対して口に出す言葉です。

その意味は「そろそろお帰りください」という気持ちがあり、また帰ることを催促する挨拶のようなものです。それなのに、「いただきます」と本気で返すのは笑いものになるというぶぶ漬け伝説、京都あるあるの一つです。

「さっさと帰れ!」という意味合いで言われないように、「ぶぶ漬け」の言葉が出ないうちに、早々と帰るようにするのが肝心という話です。

同じ意味合いで使われるのは「お茶いりますか?」です。お茶を出されて飲んでいるときには「もう一杯いかがですか?」という言葉が出たら、これは「もう帰って」という意味であるのは京都の言い回しなので、一杯だけで退散するのが正解と言えそうです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、行動学的・栄養生化学的な視点を示しています。

食事摂取基準は主に栄養生化学的な視点から策定されています。

しかし、食習慣やエネルギー・栄養素摂取量の健康影響を与えるためには、栄養生化学的な視点だけでなく、行動学や栄養生理学的な視点も欠かせません。

例えば、1日の中での食事回数(頻度)、特に朝食の有無が肥満や2型糖尿病などの有病率に関与している可能性が報告されています。

1日の中の食事間のエネルギーや栄養素の摂取割合の違いが、その後のメタボリック・シンドロームなどに関連したとする報告もあります。

また、食べる速さが肥満やメタボリック・シンドローム、糖尿病の罹患や発症に関与しているとの報告も存在しています。

しかしながら、この領域における知見を食事摂取基準に直接に取り入れるには、さらなる概念整理や研究が必要であり、今後の課題であると考えられます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「嫌煙運動の日」嫌煙権確立をめざす人々の会が1978年2月18日に嫌煙運動を始めたことから制定。

毎月18日:「防犯の日」(セコム)、「おにぎりの日」(中能登町)

酒を飲んだときの酔いの状態はアルコール濃度が関係していて、その濃度は「アルコール度数×飲酒量」が大きく影響しているということは以前に(日々修行155、165、171)に書きました。

これは酔いの度合いであって、その状態が、どれくらい続くのかが、実際の“酒の強さ”ということになります。

肝臓のアルコール分解能力が高ければ、酔いは早く引くことになります。アルコールから変化したアセトアルデヒドの分解能力が高ければ、悪酔いの状態を抑えることができることになります。

酔いへの対応はアルコール脱水素酵素(分解酵素)などの働きにも関わってきますが、それと同時に考えなければならないのは根本的な条件の違いです。

血液中のアルコール濃度は「アルコール度数×飲酒量」だけで決まるものではなくて、アルコールを割る(薄める)水分量が大きな要素となっています。血液中の水分が多ければ、同じ量のアルコールが血液中に入ってきても薄められることになり、酔いの程度は下がっていきます。

男性は女性に比べて一般に身体は大きくて、血液量も多いので、同じだけの飲酒量(アルコール摂取量)であれば、男性のほうが女性よりも酔いにくい、逆に女性のほうが男性よりも酔いやすいことになります。

身体が大きいほど、肝臓も大きくなり、アルコールの分解能力も高くなります。一般には肝臓の重さは体重の約50分の1で、男性で約1.5kg、女性で1.3kgとされています。この男女差は平均的な体重の違いということです。

肝臓は、さまざまな働きをしていて、よく言われるのは11種類の働きをしているとされているということです。それに関わる機能は、日本人でも、日本人よりも身体が比較的大きな欧米人でも大きくは違っていません。

大きな違いはアルコール分解能力も含めた解毒能力で、身体が大きいほど肝臓の解毒能力は上向きで高まっています。日本人は身体が小さく、しかも長い歴史の中で濃い(度数が高い)アルコール飲料を飲んでこなかったので、アルコール脱水素酵素が弱い傾向にあります。

また、年齢を重ねるほど肝機能は低下してくるので、以前と同じようには飲めなくなり、同じだけの量を飲めたとしても酔いが残りやすくなっていきます。

こういったことを配慮しないで、飲酒量と血液中のアルコール度数だけでアルコールと健康の関係を考えてしまう医師がいます。そのような医師と何度となく酒の席を経験してきましたが、飲酒は感覚を鈍くさせることから、自分の身体の状態や変化に気づかない方も少なくありません。

これは「医者の酒の不養生」そのもので、本人が思っているよりも身体の状態が悪化していることがわからないだけでなく、そのことを認めようとしない困った“不養生”の医師もいます。

その背景には、「酒を飲んでも健康であった」という自信があり、その自信の裏付けとなっている酒への対応力を否定することができないという心理状態もあります。

これは「日々修行」の中で何度か書いてきた「自業苦」(じごく)、自分がやってきたことが失われることを恐れて、その状態を続けないといれなくなる精神状態と同じことだと認識しています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

お題の「果報は練って待て」は「果報は寝て待て」の間違い(打ち間違い、変換ミス)ではなくて、ただ待っているだけでは幸運が飛び込んでくる確率は低いので、別の方法があるのではないかという気持ちがあって、わざわざ使っています。

果報は、前世の数々の所為が原因となって吉凶禍福の報いを受けることです。吉凶禍福ということは良いこともあれば悪いこともあるということですが、一般には良い報いの意味で使われています。

「果報は寝て待て」は、本当に良い結果は自分の力で招き寄せるものではないから、向こうからやってくるのを焦らずに待っていればよい、という意味となります。

ラッキーなことが訪れるのを待っていれば、必ず良いことが起こるわけではないのはわかっていても、焦って余計なことをして、かえって悪結果になりかねないことから、とりあえずは何もしないという人も多いかと思います。

このコラムのテーマの「業苦楽」は、浄土真宗の宗祖の親鸞聖人の教えの自業苦(じごく)と対比される業苦楽(ごくらく)を意味しています。

自らの業(やってきたこと)によって苦しんでいる人は寝て待つだけでは以前と同じことになりかねないだけに、これまでやってきたことを見直すことです。

そして、不足していることがわかったら、新たに補うだけでなく、これまでのことと組み合わせて練っていくことによって業による苦を楽にしていくことができる、それこそが「果報は練って待て」ということです。

同じ時間を経ても、ただ待つだけの人と、待っている期間に練っていく工夫と努力を重ねた人では結果が違います。見た目の結果は同じように見えても、再び困難に遭遇したときの耐えられる力、我慢できる力、改善できる力は違ってきます。

何もできないような、待つしかない時間が与えられたら、練っていくチャンスが訪れたと考えて、無理をしない程度に工夫と努力を重ねていく機会にしていきたいものです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕