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発達栄養は子どもが発達するために必要な栄養を指すことが多く、この場合であれば通常に発達するために必要とされる栄養素が摂れていればよいと考えられます。ところが、栄養摂取の対象が発達障害の特性がある子どもの場合には、必要とされる栄養素が不足していなければよいという単純な対策では済まなくなります。

充分な栄養摂取のための食事を用意しても、特性のために食べられないものがある、食べられるものであっても量が限られているということが起こります。そして、充分な状態であっても発達障害の特性である自律神経の調整の乱れがあって、食べたものが想定通りに吸収されない、余分に消費されてしまうということが起こります。

その実態を伝え、個々の状態に合わせた“充分な摂取”ができるようにしなければなりません。そのためには「支援する人を支援する」流れが必要で、保護者(中でも家族のための調理をする人)への支援が重要になります。

保護者に対する発達栄養の支援は、実際の料理をするための技術や注意点ではなくて、発達と栄養の関係を正確に伝えることが第一義となります。

これは総論のようなもので、千差万別とされる発達障害の特性に合わせて、細かなアレンジができるような情報と、これでも通じないことを想定して、個別に相談をして対処する情報支援も重要になります。

保護者に伝える人とは発達支援の専門家のことですが、発達障害の特性と栄養について詳しい方は少数でしかないというのが現状です。その専門家に発達栄養を伝える専門家が必要ですが、これはもっと少なく、ほぼいない地域もあります。

となると、発達栄養の専門家を地域で養成するか、発達障害支援の専門家や栄養支援の専門家に伝える活動が必要になります。発達障害も栄養も完全に解明されているわけではなくて、医学や健康に関わることは変化が激しく、常に情報更新をしていく必要があります。

こういった支援する人を支援する活動の連続に対しては、最も上流にいる方に発達栄養の最新情報を伝えるために、また別の支援する人が必要になります。それを、どこまで私たちが担うことができるのか、そこは走りながら考え続け、実践し続けていくしかありません。
〔特定非営利活動法人日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「適サシ肉の日」すきやき店ちんや(東京都台東区)が適度な霜降りの入った適サシ肉を使うと宣言した日の2017年1月15日にちなんで制定。

「フードドライブの日」カーブスジャパン(東京都港区)が、い(1)い(1)ご(5)はんの語呂合わせで制定。

毎月15日:「お菓子の日」(全国菓子工業組合連合会)、「惣菜の日」(日本惣菜協会)

テレビの世界と深く関わることになったのは、全国キー局の昼の情報番組の毎日の記念日のネタを提供していたこと、納豆・豆腐・豆乳と続いた業界の全国広報の文書を作成していたこと、健康食品・サプリメントのブームから成分の有効性などを局のディレクターにレクチャーしていたことなどを、表向きにはあげています。

記念日ネタで担当していたのは健康と食品に関わることで、その元ネタは農林水産省と全国農業協同組合中央会から人脈を通じて提供してもらっていましたが、これをテレビ番組とつなげることができたのは大手広告代理店のテレビ担当部署の重鎮のおかげです。

その方との出会いについては前回(日々修行137)書かせてもらいました。

その方は、芸能分野にも通じていて、退職後は大手芸能プロダクションのテレビ企画会社の役員となっていました。その方が台湾から有名な歌手2人を日本デビューさせたことから、音楽番組の現場には頻繁に顔を出していました。

音楽番組のランキングも、音楽の賞レースも“公正”ではあるとされるものの、誰かの“攻勢”で“構成”が決められていることは公然の秘密という世界でした。(今は違っていることを願いつつの書き方ですが)

誰かの意向という“伝統”は、日本のテレビ番組の草創期から蓄積されてきたもので、当時は高かったはずのアメリカのテレビ番組が安く提供されていたのは、大手広告代理店が間に入って、アメリカの製品を販売するための戦略でした。

アメリカの豊かな生活がホームドラマで紹介されて、手に入るものなら手に入れたい便利な家電、ステータスとなる自動車、おいしい食べ物・飲み物、憧れのファッション、初めて聴く音楽、高級犬のペットなどは、事あるごとにテレビ画面を通じて流されていました。

現在のように一つの商品を売るための戦略とは違ったキャンペーン、それも消費社会を植えつけ、国民の考えを変えさせる一大キャンペーンが繰り広げられていました。

これが定着してくると、スポーツ番組、音楽番組も流されました。

私がテレビ局と深い関わりを持つことになった健康関連の番組も、実はアメリカの外圧によってサプリメントの規制緩和の意向を受けて健康ブームを盛り上げていく一環であったと言われたことがありましたが、あながち間違っているとは言えないところがあります。

戦後の一大キャンペーンのことは、実際に最前線で動いていたテレビ部署の重鎮から教えてもらいました。それと同時に、今でも続いている「誰かの意図で動かされている」テレビ番組の裏についても聞き、裏取りをするだけでなく、直接関わることにもなりました。

このことは次回(日々修行139)に書きますが、これと同じことはネットの世界でも行われていることです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

愛想(あいそ)は他人に寄せる好意や愛情のことで、他人によい感じを与えるような態度を指しています。愛想は、すでに振りまかれているもので、「愛想を振りまく」は二重に強調した表現となってしまいます。

振りまかれていないのは愛嬌で、正しい使い方は「愛嬌を振りまく」となります。これは愛嬌を愛想と取り違えた使い方と考えられます。

愛嬌は好感を覚えさせる柔らかな様子で、にこやか、かわいらしいという意味があり、もう一つ「相手を喜ばせるような言葉や振る舞い」を意味しています。振る舞いという表現が出てきますが、振る舞いは本人が振りまこうとしているわけではなくて、自然のうちに醸し出されてくるものです。

昨今は(と言うべきか、かつてはと言い換えるべきか)“ぶりっ子”のように幼稚な仕草や態度で甘えるような行動をするのではなく、“あざとい”行動が増えています。これは抜け目がなく貪欲な姿勢を示す言葉で、これも「愛想を振りまく」行動とも言えます。

そんな人が目立つ時代には「愛想を振りまく」は、正しい表現と思われても仕方がないような風潮がありますが、あくまで正しいのは「愛嬌を振りまく」です。

「国語に関する世論調査」(文化庁)では、周囲に明るくにこやか態度をとることを、どちらの表現をしているか調査していますが、「愛想を振りまく」と「愛嬌を振りまく」は拮抗していて、誤用の「愛想を振りまく」のほうが若干優位、つまり間違った使い方をしている人が多いことがわかります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

日本の現在の栄養学のエネルギー量の単位として一般に知られているのは80kcalです。これは栄養に関する書籍などだけでなく、大学教育などの教科書でも採用されていることから、日本の栄養学の歴史は80kcalであると思われているところがあります。

しかし、実際には日本の栄養学は100kcalから始まっています。その歴史が知られていないために、100kcal単位を採用すると新たな手法と勘違いされることがあります。

身体に必要な栄養成分を熱量で考えることを初めに提唱したのは東京陸軍病院の軍医であり、医学博士であった森林太郎でした。森林太郎は作家の森鴎外の本名です。

森林太郎は明治17年(1884年)から21年までにドイツに留学しましたが、そこで軍隊の食事について学び、帰国後に陸軍軍医学校・大学校教官となりました。

そして、「人間の栄養学では食事は熱量を第一とする」と、日本の軍隊の食事について熱量(エネルギー量)によって考えるように提案しています。

森林太郎は明治22年(1889年)に、携帯食糧について論文で報告しています。携帯食糧は陸軍が行軍のときに摂る食事で、仕事の内容によって必要とする熱量が異なることから、食事を1包装ずつ同じ熱量として、各部隊に合った熱量の食事を与えました。

これはドイツで学んできたことで、その熱量として報告論文では「1包装=100kcal」が取り上げられていました。

熱量はたんぱく質、脂質、炭水化物のエネルギーの和(合計)と等しいことを紹介して、熱量から栄養成分を考える方法が100kcalを単位として始まったのです。これによって、摂取した個数によって誰もが簡単に摂取する熱量が把握できる「目で見る栄養学」が日本で初めて実践されました。

この発想を引き継いで、わかりやすく、実践しやすいエネルギー摂取法として普及しているのが、私たちが進めている「100kcal栄養学」です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「褒め言葉カードの日」日本褒め言葉カード協会が褒め言葉の一つの、い(1)い(1)よ(4)の語呂合わせで制定。

毎月14日:「ひよこの日」(ひよ子本舗吉野堂)、「丸大燻製屋・ジューシーの日」(丸大食品)

テレビ局に初めて行ったのは中学1年生のときのことでしたが、それは地方局(NHK)の夕方の番組で、剣道クラブの一員として生放送で実演とインタビューを受けたことで、それは多くの人が経験するかもしれない程度のことでした。

東京にいたときに地方局で夕方のニュース番組に出演したのは納豆の全国広報で、生放送の時間に遅れて到着した大学教授の代わりにコメントしました。これは関東エリアの放送で、それを見たというディレクターの誘いで、埼玉エリアの地方局でもコメンテーターとして出演したくらいです。

もう一つは、広く食品業界の話「業界人は知っているが消費者には知られてはいけない」をテーマにした書籍を発行したときに、東京のローカルテレビ局の取材を受けました。放送されたらしいのですが、その局は契約者だけが見られるというもので、私は視聴が不可能でした。

民放の全国キー局では、専門家の代わりに免疫の話をしたくらいで、それ以外は裏方としての参加でした。番組の企画で最も多かったのは納豆PR、豆腐PR、豆乳PRでしたが、物おじせずにテレビ局のプロデューサーと立ち向かえたのは、大学生時代から民放各社に大手広告代理店や音楽情報誌などをバックにして、比較的優位な立場で出入りしていたからです。

後ろについてくれた大手広告代理店のテレビ担当部署の重鎮と知り合ったのは、私の出身地(新潟県柏崎市)が選挙区の総理大臣の東京の私邸でした。正しくは“元総理大臣”となったときで、最終的に逮捕されることになる前にメディア対策チームが集められた場でした。

私の役割は、以前にアルバイトとして私邸に行っていたときと同じ履き物整理とお茶出しくらいのはずだったのですが、文書の清書(当時はワープロも普及していなかったもので)などの用事をしているときに、親しく話す機会をもらいました。

その当時は、今の民放の報道番組やバラエティ番組のように、正義感を振りかざして“有ること無いこと”を放送するという時代ではなかったので、広告主を通じてプレッシャーをかけると伝え方のムードが変わってくるということがありました。

その効果があったのかどうかは、ここでは触れないことにしますが、この経験でプッシュすることの重要さ、プッシュする内容の重要さ、それを裏付けるエビデンスと専門家のコメントの重要さを知り、それを達成する苦しみの先にある喜びを感じる修行ができました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

浄土真宗の「自業苦」については、これまでも他のコラムの中で何度が取り上げてきました。私の母親の実家(新潟県出雲崎町)は浄土真宗の寺院で、私は3歳から6歳(小学校にあがる直前)まで、その寺院で暮らしていました。

上京して通った東洋大学の学祖(設立者)の井上円了先生は、新潟県来迎寺村(現在は長岡市)の浄土真宗の寺院の出身で、大学の図書館には仏教関連の書籍が、それこそ山のようにありました。

浄土真宗に関する書籍や資料も数多くあり、お寺を継ぐ身ではないので、ここしか学ぶ機会はないとの思いもあって、時間さえあれば図書館にこもっていました。初めの数冊で、浄土真宗の宗祖の親鸞聖人の教えの一つである「自業苦」(じごく)に行きつきました。

浄土真宗が他の宗派と大きく異なっているのは、地獄が存在しないことです。浄土真宗の信者は、亡くなった即座に誰もが極楽にいくことができるという教えがあります。地獄があるとしたら、それは生きている現世に存在していることになります。

そして、それは自らが行ってきた自業によって起こるもので、それは自業自得です。他の宗派であったら、自業自得は悪い行いをしてきた結果であるので、悪い結果になるということになるのかもしれませんが、そもそも自業自得は良い行いによって良いことが起こることも、悪い行いによって悪いことが起こることも意味しています。

最も悪い出来事は亡くなってから“地獄に堕ちる”ことです。そうならないように必死になって祈る、悪いことをしてきた分を取り戻して、さらに善行を積んでいくということが説かれる宗教・宗派がほとんどかと思います。

これに対して、浄土真宗には地獄が存在していないので(私が育った寺院には他の宗派で目にした地獄絵はなかった)、亡くなって地獄に行くことはありません。浄土真宗の門徒(信者)が行く先は全員が極楽です。

浄土真宗には亡くなってからの地獄はないわけですが、先に書いた現世に存在しているのは何かというと、これが自業によって苦しむことで、これを「自業苦」と書いて「じごく」と読み、地獄と同様の苦しみの状態を指しています。

では、どのようなことが自業苦の苦しみになるのかは次回(業苦楽3)に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

健康情報を学問として研究して、現状の健康情報を正し、正しい健康情報の見本を示していくことを目指して「健康情報学会」の設立を進めていたことについては前回(健康情報学2)で紹介しました。

「健康情報学」というメーミングでの活動を研究会で行っていたときには、賛同者も多く、また邪魔が入ることもなかったので、研究会を“学会”に変えることも大丈夫との感覚でいました。

ところが、“学会”の名称にすることを趣意書にして持ち回った途端に横やりが入るようになりました。これは想定外の出来事でした。

「情報学会」というネーミングは一時期、医学系の学会の流行りとなった時期がありました。一つの学術分野で先行した学会があって、そこから分裂なり独立するときには、臨床○○学会、小児○○学会、老年○○学会、○○研究学会、基礎○○学会などの名称がつけられることが多かったのですが、そこに加わったのが○○情報学会でした。

それぞれの専門分野で、研究活動をしている専門家の活動は、そのまま続けていただき、その専門分野を取り巻く情報を学問として扱い、連携をして研究を進めていこうというのが、活動の主旨でした。

また、既存の学会は医師や研究者が主なメンバーとなっていましたが、情報学会になると一定の世界の学識者の集まりという性格が強くなります。例えば、病名を冠した情報学会の会員は医師や看護師、薬剤師、検査技師などの診断や治療に直接関わる専門家ではあるものの、管理栄養士や理学療法士などの治療・改善に関わる専門家も入会できるところのようになります。

こういった認識から、さまざまな健康に関わる学識者が集まって、正しい情報を正しく伝えることを学問として実施するつもりで、今でいうリテラシーの向上を目指していました。

そこに邪魔が入って、健康情報学会として進められなくなった事情については次回(健康情報学4)に書くことにします。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害の学習障害は、読む・書く・計算することに困難さがある状態を指していますが、その改善のための基本となるのは学習技能の向上です。

椅子に座って学ぶことから、まずは正しい姿勢で座ることが求められます。

学習障害は、数字が正しく書けない、鉛筆で線がまっすぐに引けない、文字(ひらがな、カタカナ、漢字)が見たとおりに書けないといったことが着目されることが多いことから、それを改善しようと目先の指導をしがちになります。

それは大切なことではあるものの、それだけではないというのが学習障害の改善に取り組むときの大事な方針とされています。

子どもの成長を学習面から見ていくと、身体機能と認知機能がベースとなり、その上に学業技能があり、その裏付けがあって初めて学力を身につけることができるという流れになっています。

学習技能は手の動き、指の動きを正確に行うための機能で、脳が文字を正しく認識できたとしても、それを書き写すときに思ったように指先が動かせないのでは、鉛筆を正しく持つこともできなければ、正しく動かすこともできなくなってしまいます。

その技能を身につけるためには、姿勢が整えられていることが必要となります。

椅子に正しく座って、机に正しく向かい、姿勢も正して、腕から指先までのポジションを整えるのが基本となるわけですが、実際に机に向かっている子どもを観察すると、初めの段階の正しく座ることができない子どもが増えています。

まっすぐに座ることができない、座れても長く姿勢が保てない、じっとしていることが苦痛に感じる、そもそも椅子の座面がお尻とフィットしていないと感じて腰が動いてしまうということが、発達障害では起こりやすくなっています。

まっすぐに座るためには筋肉の強さも必要であり、それに加えて姿勢を保つための身体のバランス感覚も必要となってきます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕