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日本人の健康的な食生活を支えているのは、米飯を中心とした食事のおかげであり、炊いたご飯があれば何でも食べることができる、ということを健康に関するセミナーなどで話をさせてもらっています。

ご飯の重要性の話は、以前であれば比較的、楽な気持ちですることができていたのですが、ご飯の話をするときには聞いている方の反応を探りながらになっています。

日本人の食品の基幹となる米が豊作の翌年であるにも関わらず大きく不足して、価格が高騰している中で、ご飯を食べることが推奨しにくくなっているからです。

しかも話をさせてもらっている相手が、生活が裕福とは言えない方が多く、米を買うことも躊躇する、うどんのように安いものを主食にするしかないという状況を知っていると、伝えたくても伝えられなくて、充分な話ができなかったという思いを引きずっています。

まさか短期間のうちに米価が2倍にも跳ね上がるとは想像もしていなかったことですが、米が高い食べ物であったのは、今に限ったことではありません。

過去には「貧乏人は麦を食え」と言われた時代があり、1950年に当時の大蔵大臣であった池田勇人が言ったと伝えられています。実際は、このような発言はしていません。

緊縮財政の不況の中、米価が高騰している状況について、参議院予算委員会で「所得の少ない方は麦、所得の多い方は米を食うというような経済原則に沿ったほうへ持っていきたい」と答弁しました。

これを取り上げた新聞記事に、「貧乏人は麦を食え」との題名がつけられて、まるで大蔵大臣の発言のように広まっていきました。

その時代には私は、まだ生まれてはいなかったのですが、昭和30年代半ばに小学1年生から3年生まで暮らした山奥の村では“米を腹一杯食べる”のは希望をしてもかなえられない家が多くありました。そのほとんどは農家でした。

まさに「麦を食え」が当たり前の地域で、昭和38年の“三八豪雪”では小学生が電線の下を潜って学校に通うのが当たり前の景色でした。三八豪雪はあまりに有名で、ネット検索で、すぐに出てきます。

この豪雪が春になると溶けて豊富な水となり、よい米が育つ重要な要素の一つとなっていました。雪が溶けると水になるのではなくて、「雪が溶けると春になる」を、肌で感じるような村でした。

昭和初期までは、全国的に農家は米を作っていても売るものであって食べるものではないという状況でした。

麦、稗(ひえ)、粟(あわ)などに野菜を混ぜて食べていたということ、口に入れることができる米は屑米(くずまい)だけということを歴史の教科書で知った知人がいる中、私の同級生の家の中には、そのような生活が昭和30年代半ばまで続いていました。

「もはや戦後ではない」と経済白書に書かれたのは昭和31年(1956年)のことですが、今のように麦、稗、粟は健康によい雑穀と認識されて、スーパーフードともてはやされる時代が来ることは想像もできないことでした。

高度経済成長が続き、もう貧乏人も金持ちも主食に関しては大きな違いがなくなった2020年に経済界の大家が「貧乏人は米を食え」というコラムを書いています。

輸入の麦が高値になり、それと比較して米が安いということでしたが、それが円安で輸入される麦は高いもの、米は高いものとなり、野菜も高級食材になってしまいました。

米国(アメリカのことではなくて米を多く生産する国内の地方)でも、「貧乏人は米を食え」とは言えないほど高くなっています。このような愚痴のようなことを書くことなく、安心して米飯の健康効果について語ることができる時期がくることを願うしかないようです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

算数障害は算数問題を解くことに困難があることを指します。計算障害とも呼ばれ、数量のイメージができなかったり、数量のイメージと数字を一致させることがうまくいかないことがあります。そのために、加減乗除(+−×÷)の操作(計算)がうまくいかなくなります。

計算のほかに図形や空間の認知、数学的推論などでも困難をきたすことがあります。全体的な知能には大きな遅れはないものの、他の教科に比べて不自然に習得が遅れる状態があります。

計算をするときに一般的には「いち、にい、さん」と聞くと、数字の「1、2、3」を思い浮かべ、「●、●●、●●●」と数量を思い浮かべています。この連動がうまくできないと計算が苦手となり、日常生活にも影響を与えるようになります。

以下は、算数障害でよくみられることを列挙したものです。このうちの、いくつが該当すれば算数障害ということではなく、一つであっても学習に影響を与えている場合には算数障害と指摘されることがあります。

*数の概念が身につかず、数系列の規則性などの習得が難しい

*計算を習得することが難しい

*指を使わなければ簡単な計算ができない

*繰り上がりや繰り下がりが正しくできない

*九九を覚えにくい

*九九を暗記できても応用して掛け算をすることができない

*掛け算ができても割り算ができない

*物差しや計量器で計測した目盛りを読むのが苦手

*図形の認知や構成ができないことがあり、正しく書き写すことができない

*文章題を解くのが難しい
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

昭和30年(1955年)の平均寿命は男性が63.60歳、女性が67.75歳でした。現状と比較すると随分と短命であると考えられていました。

平均寿命は、その年に生まれた人(0歳児)が、社会状況、経済状況などの環境が継続していると推定した場合に、何歳まで生きることができるかという予測数値で、これは平均余命と呼ばれています。

令和5年簡易生命表によると、0歳の平均余命は男性が81.09年、女性が87.14年となっています。これは短命のうちに亡くなる人も含めての平均であって、一定の年齢まで生きてきた(高齢者で言えば“生き延びてきた”)人は、平均よりも健康・丈夫であるということで、年齢を重ねるほど平均余命は長くなっていきます。

ここでは70歳の人の平均余命を例に出しますが、それは私が昭和30年生まれで、70歳になる年という単純な理由からです。平均余命は5歳ごとに90歳まで推計値が出されているので、それぞれの年齢に合わせて平均余命を出して、何歳まで生きることができるのかという計算をすることができます。

令和5年簡易生命表では70歳の人の平均余命は男性が15.65年となっているので、これを加えると85.65歳となります。女性の場合は19.96年であるので、89.96歳となります。

昭和30年の平均寿命は男性が63.60歳、女性が67.75歳であったので、男性は22.05年、女性は22.21年も長生きになっている計算となります。

このようなことを書いたのは、その半分でも次世代のために役立ててもらえないか、役立てることができるように健康に気づかって生活してもらえないか、ということが言いたかったからです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

食品に含まれる栄養成分を評価する方法として、食品の重量から考える方法と熱量(エネルギー量)から考える方法があります。この二つの評価法を各食品について現した食品成分表も、食品の可食部100gに含まれる栄養成分を評価したものと、一定の熱量を単位として、その中に含まれる栄養成分を評価したものとがあります。

生活習慣病の予防を目的にした栄養指導では、摂取する食事量は熱量(エネルギー量)によって示され、その単位となった熱量の中に含まれている三大栄養素(たんぱく質、脂質、炭水化物)のエネルギー量(PFCエネルギー)を考える形式となっています。

栄養関連の書籍では、食品の目安量を「80kcal」としている例を多く見ます。80kcalを主流としているところが多いのですが、80kcal単位の表示は計算しにくく、これが食事療法やダイエットなどの理解を難しくして、実践が進みにくい一つの要因となっています。

それに対してわかりやすい方法として100kcal単位の表示も存在しています。これは単に80kcalの倍数が計算しにくいからキリのよい100kcalを採用しているというわけではありません。

80kcal単位の目安量の表示を、わかりやすい100kcal単位にするというと、新しい考え方を提案しているような感じがあるかもしれません。

しかし、実際には100kcal単位は日本の栄養学の基本とされてきたもので、歴史を振り返ってみると100kcal単位の評価によって栄養指導が実施されてきた事実があります。

食品でエネルギー源となるのは、たんぱく質、脂質、糖質(炭水化物)だけで、この他のもの(ビタミン、ミネラル、食物繊維)にはエネルギーが含まれていません。そのため、たんぱく質、脂質、糖質は、三大エネルギー源もしくは三大栄養素と呼ばれています。

エネルギー源は種類によってエネルギー量が異なっていて、1gあたりでは、たんぱく質が約4kcal、脂質が約9kcal、糖質が約4kcalとなっています。

このことがわかると、重量からエネルギー量を把握することができるようになります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

3月21日
「はじめようの日」大丸松坂屋百貨店が何かを新しく始める人を応援しようとカウントダウンの3、2、1に合わせて制定。
「日南一本釣りかつおの日」日南かつお一本釣り漁業保全推進協議会(宮崎県日南市)が初かつおの水揚げ最盛期の3月、に(2)ちなん、一(1)本釣りかつおの語呂合わせで制定。
「アジフライの日」角屋食品(鳥取県境港市)がアジは鯵(魚偏に参)から3月、フ(2)ライ(1)の語呂合わせで制定。
毎月21日:「木挽BLUEの日」(雲海酒造)、「漬物の日」(全日本漬物協同組合連合会)

3月22日
「地球と水を考える日」国際デーの「世界水の日」は3月22日で、日本では8月1日が「水の日」であることから水にちなんで制定。
毎月22日:「カニカマの日」(スギヨ)、「禁煙の日」(禁煙推進学術ネットワーク)、「夫婦の日」(毎日新聞、味の素など)、「ラブラブサンドの日」(日糧製パン)

3月23日
「世界気象デー」世界気象機関が世界気象機関条約が1950年3月23日に発効したことにちなんで制定。
「ホットサンドを楽しむ日」国分グループ本社は「サンドイッチの日」の3月13日からサンドイッチを焼く音のジュウ(10)を足して制定。
「スジャータの日」スジャータめいらくグループが1976年3月23日に褐色の恋人スジャータを初めて販売したことから制定。
毎月23日:「乳酸菌の日」(カゴメ)、「不眠の日」(エスエス製薬)、「国産小ねぎ消費拡大の日」(小ねぎ生産県協議会)

3月24日
「ホスピタリティ・デー」日本ホスピタリティ推進協会が3は新しいものを創り出すエネルギー、自己表現、2は思いやり、協力、4は全体を作り上げる基礎の数字とされることから制定。
毎月24日:「ブルボン・プチの日」(ブルボン)、「削り節の日」(東京削節類卸協同組合)

3月25日
「笑顔表情筋の日」笑顔表情筋協会が、みんな(3)でニコニコ(25)の語呂合わせで制定。
「みんなでニッコリみんなで健康長寿の日」キューサイが、みんな(3)でニッコリ(25)の語呂合わせで制定。
「サガミのみそ煮込の日」サガミホールディングス(愛知県名古屋市)が、み(3)そ煮込(25)の語呂合わせで制定。
「とちぎのいちごの日」栃木いちご消費宣伝事業委員会が、いちごの流通が多い1〜3月と、と(10)ちぎのいちご(15)から合計で25になることから1月25日、2月25日、3月25日を制定。
毎月25日:「プリンの日」(オハヨー乳業)、「歯茎の日」(佐藤製薬)

3月26日
「サク山チョコ次郎の日」正栄デリシィ(茨城県筑西市)がチョコビスケットのサ(3)ク山チョコ次郎(26)の語呂合わせで制定。
毎月26日:「風呂の日」(東京ガス)、「プルーンの日」(サンスウィート・インターナショナル日本支社)

3月27日
「さくらの日」日本さくらの会が、さ(3)く(9)の語呂合わせと3×9=27から制定。
毎月27日:「ツナの日」

3月28日
「八幡浜ちゃんぽん記念日」愛媛県八幡浜市が八幡浜ちゃんぽんの普及を目的に2000年3月28日に八幡浜市と保内町が合併したことから制定。
「グリーンツーリズムの日」日本のグリーンツーリズムの発祥とされる大分県安心院町グリーンツーリズム研究会が1996年3月28日に実施したことから制定。
「三ツ矢サイダーの日」アサヒ飲料がミ(3)ツ(2)ヤ(8)の語呂合わせで制定。
「ナッツのミツヤの日」ミツヤ(福岡県福岡市)がミ(3)ツ(2)ヤ(8)の語呂合わせで制定。
毎月28日:「にわとりの日」(日本養鶏協会)、「ニワトリの日」(都道府県食肉消費者対策協議会)

3月29日
「みんつくの日」みんなでつくる財団おかやまが、みん(3)つく(29)の語呂合わせで制定。
「サニクリーンの日」サニクリーンがサ(3)ニク(29)リーンの語呂合わせで制定。
毎月29日:「ふくの日」(日本アクセス)、「クレープの日」(モンテール)、「Piknikの日」(森永乳業)、「肉の日」(都道府県食肉消費者対策協議会)

3月30日
「スポーツ栄養の日」日刊スポーツ新聞社がスポーツ栄養サイトのアスレシピの開設が2016年3月30日でアスリートの栄養バランスが主食・主菜・副菜・汁物・果物・乳製品の6種類であることから3+3+0=6であることに見立てて制定。
「サラサーティの日」小林製薬がサラ(3)サーティ(30)の語呂合わせで制定。
毎月30日:「EPAの日」(日本水産)、「サワーの日」(宝酒造)、「みその日」(全国味噌工業協同組合連合会)

3月31日
「サンミーの日」神戸屋(大阪府豊中市)が菓子パンのサンミーがデニッシュ生地にクリームを包み、ケーキ生地をトッピングして焼き上げ、チョコを線描きすることで三味が味わえることからサン(3)ミー(31)の語呂合わせで制定。
「山菜の日」出羽屋(山形県西川町)が山(3)菜(31)の語呂合わせで制定。
毎月31日:「菜の日」(ファイブ・ア・デイ協会)

「日やけ止めの日」資生堂ジャパンが春分の日を境に日照時間が長くなることから春分の日をサ(3)ニ(2)ーゼロ(0)の語呂合わせで制定。

「未病の日」ブルックスホールディングが未(3)病(20)の語呂合わせで制定。

「さつま揚げ(つけあげ)の日」シュウエイ(鹿児島市指宿市)が、さ(3)つ(2)ま(0)の語呂合わせで制定。

「サブレの日」日清シスコがサ(3)ブ(2)レ(0)の語呂合わせで制定。

「酒風呂の日」高橋助作酒造店(長野県信濃町)が冬至、杜氏、湯治の語呂から春分、夏至、秋分、冬至に酒風呂に入ってもらいたいと春分の日を制定。

「アクションスポーツの日」日本アクションスポーツ連盟が春分の日には雪と海のスポーツができることから制定。

毎月20日:「ワインの日」(日本ソムリエ協会)、「信州ワインブレッドの日」(信州ワインブレッド研究会)、「シチューライスの日」(ハウス食品)、「発芽野菜の日」(村上農園)

私が3歳まで住んでいたところは山奥すぎて信号がないところでした。3歳から6歳まで住んでいたところは漁師町で、ここからバスに乗って、初めての信号機があるのは隣町ということで、信号の3色の意味を聞いても、絵本の中で見る世界という感じでした。

祖母からもらった絵本に出てくる信号機は、左から「青・黄・赤」という横並びで、これは一般的な認識と同じだと思うのですが(全国的な常識!?)、私が初めて意識して見た信号機とは違っていました。

その信号機は縦並びで、上から「赤・黄・青」となっていました。色の順番が違っているということなら、「地域によって違うのだろう」という程度の感覚でしょうが、縦型と横型では、あまりに違っています。

全国的には縦型の信号機は少なくて、そのほとんどは雪が多く降る地域に設置されています。私が子どものときに住んでいたのは新潟県で、中でも豪雪地帯と呼ばれるところが多かったので、縦型が当たり前でした。

横型だと雪が積もったら重さで壊れてしまうので、縦型にして積もりにくいように工夫されています。横型なら左から「青・黄・赤」でも「赤・黄・青」でも問題はないのでしょうが、縦型となると上から「赤・黄・青」は絶対の決めごとです。

上が赤のほうが遠くからでも見えやすいからです。3色の信号は車両用のことで、歩行者用は縦型だけで赤が上となっています。

上から「赤・黄・青」の順になっていることについて、テレビ番組で「下のほうが雪で埋まっても赤だけ見えれば安全に通過することができるから」と説明していましたが、そんなことはありません。

車両用の信号機が設置されている高さは、縦型も横型も下側が4.5m以上と定められています。これまで国内で最も積雪があったところは11mを超えていますが、山奥の信号機もないようなところのことなので、これは参考にはなりません。

信号機がある地域で見ると、過去には4m以下であったとのことなので、4.5mの高さであれば、縦型の「青信号」が雪で埋まって見えなくなるようなことはありません。

そのような信号機を見慣れた田舎暮らしをしていた身には、横型の信号機しかない地域は慣れるまで一定の期間がかかりました。

信号機の色は、赤は赤色、黄は黄色に見えるので特に違和感はないのですが、青は青色なのか緑色なのか迷ってしまいます。

日本に初めて信号機が設置された昭和5年には法律で「緑色信号」となっていました。現在の道路交通法では、「青色、黄色、赤色」と記載されています。ところが、国際基準では信号の色は「赤・黄・緑・青・白」とされていて、そのうち交通信号は「赤・黄・緑」とされています。

実際の青信号の色は緑色です。なぜ緑色なのに青信号と呼ぶのかというと、日本の色彩は古くは赤・黄・青・黒・白しかなかったといいます。緑は青に分類されていて、その歴史は現在の青汁、青りんご、青葉、青物、青々など、どれも緑色を表す表現です。

このことが影響していると考えられているものの、それが正しいことなのか、それを確認するためにテレビのクイズ番組のネタとして何度も提供しています。その解説を専門家に依頼することも伝えているのですが、どの専門家からも、私の説明以上の返答は、まだ得られていません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

学習障害の書字障害は、周囲と違った文字を書くことから気づきやすいのですが、これを不器用と勘違いして、繰り返し文字を書いていれば直っていくと思っている人も少なくありません。

しかし、書字障害は慣れによって徐々に改善していくことはあるものの、直すように強制されながら繰り返すことが精神的な負担を高めて、書くことが嫌いになってしまうこともあります。

書字障害は文字を書いたり、文章を綴ったりすることに困難さがあるものです。バランスの取れた文字を書くことに問題がある、書字に関して誤りが多い、動詞などがうまく使いこなせない、板書など書き写しの速度が極端に遅いもの、考えた内容で書字をすることが難しいものなどが含まれています。

識字障害があると書字にも影響が出て、書字障害となることが多く見られます。読むことに困難はなくても文字の形を捉えること、形を正しく覚えておくことが困難で、これが書字の誤りにつながります。

以下は、書字障害でよくみられることを列挙したものです。このうちの、いくつが該当すれば書字障害ということではなく、一つであっても学習に影響を与えている場合には書字障害と指摘されることがあります。

*年相応の漢字を書くことができない

*書き順を間違える

*書き順を気にしない

*書き文字がマス目や行から大きくはみ出してしまう

*バランスのとれた文字を書くことが難しい

*アルファベットの綴りが困難

*文字を書くときに鏡文字を書く

*形態的に似た文字(“め”と“ぬ”、“わ”と“ね”)を書き間違える

*促音(っ)、撥音(ん)、二重母音(おかあさんの“かあ”)など特殊音節の誤りが多い

*“わ”と“は”、“お”と“を”にように耳で聞くと同じ音(おん)の表記に誤りが多い

*形態的に似た漢字(雷と雪)を書き間違える

*画数の多い漢字に誤りが多い

*漢字を使いたがらず、仮名で書くことが多い

*文字を書く際に余分な点や線を書いてしまう

*句読点などを忘れる

*文章を書くときに助詞などをうまく使いこなせない

*考えた内容を書いて表現することが難しい

*板書など書き写しの速度が極端に遅い

*早く書くと雑になる
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

幸先(さいさき)は、事業や物事の将来が明るく見通しのよいことで、よいことが起こる前兆を指す言葉です。だから、幸先に続くのは「いい」が当たり前のことで、「幸先がいい」もしくは「よい」が出てくるはずです。

ところが、「幸先が悪い」という使い方をする人が多くて、幸先に続くのは「いい」と「悪い」の両方があるような印象が抱かれがちです。

幸先が、単に前兆という意味であったら「幸先が悪い」という使い方もあるのかもしれませんが、冒頭の幸先の説明を見ると「よいことが起こる前兆」ということで、この前兆は“よいこと”の前兆だけを指しています。

それなのに、なぜ「幸先が悪い」が使われるのかというと、幸先を縁起の意味でとらえている人がいるからです。縁起は吉凶の前兆のことで、前兆であれば吉(よいこと)の前触れであることを望みたいのですが、凶(悪いこと)の前触れのこともあります。

幸先は先が使われているので、「先行きが危ぶまれる」との混同も起こります。

幸先に悪いを続けるのではなくて、せめて認められるとしたが、「幸先がよくない」といった使い方ではないでしょうか。

こういった誤用では「おかげ」と「せい」が混同していることもあげられます。

「おかげ」は好ましい結果に使うもので、「あなたのおかげで」と言われたら、その後を省略されても「良い結果があったのだな」と推測できます。

これに対して「せい」は好ましくない結果に使うもので、「あなたのせい」と言われたら、よくない結果、悪い結果があったことがわかります。
ところが、「おかげ」をよい結果にも悪い結果にも使う誤用が広がっていて、中には悪い結果にだけ使われる例もあります。

こうなると途中で省略されたらわからなくなってしまうので、最後まで言ってもらうか、悪いことを言いたくなかったという人の場合は、その後の言葉や会話で、どのような気持ちであったのかを探って会話するしかなくなります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害がある子どもは、集団で行う競技が苦手で、中でも球技などが特に苦労をする例が多くなっています。

三大発達障害の一つの自閉症スペクトラム障害は周囲の状況が見えにくく、集中しすぎるところがあります。

運動には集中することはよいことのように思われがちですが、一定のところしか見えない、一つのことに集中すると他のところが見えなくなるというのは、個人種目はこなせたとしても、集団で実施する球技では周囲に合わせることができないことにもなります。

野球でランナーが1塁から2塁に走っているときに、外野からの返球が2塁で待ち構えている二塁手もしくはショートストップに向かって投げずに、いつものように一塁手に投げる、目標を定めずにピッチャーやキャッチャーの方向に投げるということがあるのも、全体が見えていないために起こりやすくなっています。

この他にも試合を乱すような行動は、いくつもあります。

また、三大発達障害の注意欠陥・多動性障害では、落ち着きがなく動き回ったり、周囲のことが気になって集中できないことがあります。そのために、周りの状態を感じ取って、自分のすべきこと(役割)ができにくくなります。球技では他のポジションと連携ができず、単調な動きになったり、やはり試合を乱すことにもなりがちです。

三大発達障害の一つの学習障害というと、机に座っての学習だけに影響が出ているわけではない場合でも、体育にも大きな影響が出ることがあります。

特に影響が大きいのは感覚過敏の視覚過敏によって見えにくさを抱えている場合で、見え方が他の子どもと異なっているために野球であれば投げる、受ける、打つ、走るといったことに困難さがあります。

感覚過敏は五感に現れるもので、視覚過敏でも眼球から入ってきたすべての情報を脳が取り入れてしまい、選別がうまくいかないことから一つのボールに集中できないことがあります。

また、聴覚過敏のための耳から入ってきた音がすべて脳に届き、通常であれば気にならない程度の音をうるさく感じ、肝心の聞きたい声が聞こえない、集中できないためにゲームに安心して参加できないということもよくあります。この聴覚過敏が視覚過敏の影響を強めることもあるのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕