人間は長い歴史の中で、その時代の環境に合わせて、少しずつ体と機能を変化させて健康状態を保ち、寿命を延ばしてきました。その変化によって身につけた身体的な特徴が体質であり、体質は、それぞれの民族・国民にとってプラスに作用してきました。
日本人は今でこそ世界のトップクラスの長生きを誇っているものの、過去には短命な国民でした。それが、今(2017年)から72年前の第二次世界大戦直後の大きな変化の中で弱い体質を克服し、改善することで一気に寿命を延ばしてきました。しかし、今では寿命を延ばすことができた特徴的な体質が、食事をはじめとした生活環境の変化の波を受けて、健康面で大きなマイナスを生じることになっています。そのマイナス面として特にあげられるのが、平均寿命と健康寿命のあまりに大きな開きです。
日本人の健康寿命と平均寿命に関するデータが2013年(平成25年)に発表されています。それを見ると、その当時の男性の平均寿命が80.21歳に対して健康寿命は71.19歳と、その差は9.02年でした。女性の平均寿命は86.61歳に対して健康寿命は74.21歳で、その差は12.40年となっています。
現在(2017年/平成29年)の平均寿命は男性が80.98歳、女性が87.14歳と過去最高を更新しています。これに平均寿命と健康寿命の差を当てはめてみると、健康寿命は男性では71.96歳、女性では74.74歳となります。ともに70歳代前半ですが、まだまだ体力もあり、心身ともに健康を謳歌できる年齢であるはずです。高齢者となる65歳の人が小学生になったばかりの60年前(1957年/昭和32年)の平均寿命は男性が63.24歳、女性が67.60歳でした。子供の目から見ると、65歳どころか60歳の人でも随分と年寄りに感じたものです。
実際に自分の親の世代と比べてみると、その差は明らかです。60歳のときの同窓会の記念撮影と、親の60歳の同窓会の記念写真を見比べると、あまりの違いに驚かされます。皮膚の張りやしわなどの見た目の若さは、身体の中が健康で若々しくなっている証拠といえます。
日本人の体質を大きく変えた生活環境や食事内容などの影響によって65歳になっても元気の人が実に多くなっています。高齢者の研究を行っている日本老年学会と日本老年医学会は2017年1月に、現在は65歳以上とされている高齢者の定義を75歳以上に見直し、前期高齢者の65〜74歳は准高齢者とするように提言しました。医療の進歩や生活環境の改善で10年前に比べて身体の働きや知的能力が5〜10年は若返っているとの判断があったからです。この提言では高齢者は75〜89歳として、90歳以上は超高齢者としています。
現在の高齢者(65歳以上)が27%を超えている高齢社会から2060年には40%に達する超高齢社会になり、4人に1人が75歳以上となると推計されています。これだけ高齢化が進むのは戦後の1947年(昭和22年)〜1949年(昭和24年)に生まれた団塊の世代が3年間で年間260万人以上が誕生したからですが、1949年生まれの人は現在では70歳、1947年生まれの人は72歳となっています。
この70歳という年齢が健康を考える上での重要なキーワードで、生涯に使われる医療費のうち半分は70歳以降に使われている事実があります。これは65歳には、まだまだ健康であった方々が、70歳になると急に衰える人が増えていることを示しています。
健康寿命は男性では71.96歳、女性では74.74歳との計算をしましたが、これは平均寿命と健康寿命の差が変わらないことを前提としています。この差は2000年から大きく変動はしていないものの、現在の70〜75歳の方々は戦後生まれといっても、若いときには昔の日本人の生活環境と食事内容を守って生活してきた世代です。
この世代は昔から日本人が続けてきた食事内容で不足したものを補ってきた方々で、伝統的な食事に、不足していた動物性たんぱく質と脂肪を加えることによって理想的な食事に近づいていました。中でも特徴的な食事がカレーライスで、全国的に肉と脂肪の消費量が増えていきました。しかし、実際に食べていたのは身体に悪影響が出るほどの摂取量ではなく、健康度を高め、平均寿命を延ばすことに貢献したわけです。
ところが、1954年(昭和29年)から19年間続いた高度経済成長期に生まれた世代は伝統的な食事で培われてきたところにカレーライスが加わるのではなく、食生活はカレーライスから始まり、動物性たんぱく質と脂肪が増え続ける中、野菜の摂取が減って食物繊維が減り、砂糖の消費量も一気に伸びたときに成長期であって多くの量を食べた方々です。
外食や加工食品が増えたこともあって子供の肥満も増え、運動不足にもなり、それがメタボリックシンドロームの急増へとつながっています。大気汚染や水の汚染、農薬が多く使われた野菜、ストレス社会を生き抜いてきた60歳前後の方々の健康寿命は現在よりも短くなることが予測されています。平均寿命はまだまだ延び続けると予測され、平均寿命と健康寿命の差は、さらに長くなり、人生の最後の10年ほどの期間が健康状態ではなく、自由に過ごせないまま最期を迎える人が急増する時代が目前に迫っているのです。
こういった国民としての過去のツケを清算するには、まだ健康な段階から将来を若々しく過ごすための行動を起こす必要があります。自分の健康を保って、介護を受けないで済むようになることも重要ではあるものの、長生きをした親を支える世代も健康で充分に対応できるようにしなければならなくなります。日本の高齢化社会は少子化社会でもあることは誰もが認識しているはずですが、将来的に支えてくれる子供の世代が全体的に減ったとしても、高齢社会を乗り切るためには過去にツケを貯め込む要因となった生活習慣を改めるだけでは足りないはずです。
日本人の体質の問題点を解決して、最後の最後まで元気ですごせる社会を実現するために、私たちは細胞のミトコンドリアの研究を重ねてきていますが、ミトコンドリアで産生されるエネルギーが元気の源であり、そのエネルギー産生を高める働きがあるヒトケミカルの研究を進めています。
先に見た目の若さについて触れましたが、同じ年齢の人たちであっても見た目の若さは随分と違っています。その若さの違いを生み出しているのがミトコンドリアで行われているエネルギー産生の量の違いであり、エネルギー代謝を促進する成分の量の違いであることが私たちの研究によって明らかにされています。
その研究成果を活用して、何歳になっても自由に、やりたいことができる社会づくりを提案することが本書の大きな目的となっています。