師匠から奥義を授けられて後継者になることは「衣鉢を継ぐ」と言われます。
武術の世界であれば奥伝を継ぐときには巻き物を渡されますが、それには人に伝えるべき重要事項が書かれているのが通常のことです。武術の流派によっては、巻き物には何も書かれていなくて、「白紙に戻ること」が奥伝として伝えられることもあります。
「衣鉢を継ぐ」というのは、これと同じようにも考えられていて、財産になるようなものを継ぐ(相続する)のではなく、一見すると価値がないようなものを継いでいて、実は重要なことを継いでいるというのが“衣鉢”です。
衣鉢は僧侶であることを示す法衣と托鉢をする鉢を指しています。この二つがあれば、修行をする僧侶として生きていくのに必要な最低限の食べ物を乞うことができます。受け継ぐ法衣は、古代インドのサンスクリット語(梵語)ではカーシャーヤ(kasaya)と呼ばれ、これは“壊色”“混濁色”を意味しています。
仏教では本来は、僧侶が財産になるものを持つことが禁じられていて、衣服も買うのではなく、使い道がなくなって価値がない布(ぼろ布)をまとっていました。その色は、在家の信者の白と区別するために黄土色などに染められていました。
師匠から継ぐ衣装は、汚れた色のもの、実際に汚れたものであることから、カーシャーヤは汚れたもの、粗末なものを指すようになりました。これを語源として生まれたのが袈裟(けさ)で、インドでは古くは法衣の上に“袈裟懸け”をすることもありました。
しかし、これも使い古された布をつなぎ合わせたもので、少なくとも現在の僧侶の絢爛豪華な袈裟とは、まったく違うものです。
寺に属さない在家信徒は衣も鉢も継ぐことはありませんが、形ではなく、精神性を継いでいくということで、あえて「衣鉢を継ぐ」という言葉を使って、何を継いでいるのか、何を注ぐべきなのかを常に自分に問うています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕