投稿者「JMDS」のアーカイブ

商品の販売が伸び続けていても、それが長く続かないことは当たり前のように起こることです。

同じ販売スペースの中に、「似たようなもの」と感じさせる商品が複数あったら、他の商品に人気が移っていったときには、これまでの“売れ筋商品”が右肩下がりになっていくことも普通に起こることです。

売れ筋商品を継続させるためには、とにかく売れ続けること、そのための仕組みが重要になっていきます。

安くて、手軽で、うまくて、しかも健康によい食品といえば納豆が代表格で、今でこそ売り上げが大きく変動しない食品と認識されていますが、2002年に全国納豆協同組合連合会の全国PRが始まったときには、低迷期にありました。

1995年(Windows95、阪神・淡路大震災、オウム事件などが記憶に残る年)は、健康ブームが始まっていた時期であったのに、納豆の売り上げは年々下がっていました。

普通に健康によいことを伝える従来の広告代理店的な発想では、多くの人に知られることと売り上げ増が結びついていないということで、踏み込んだ健康効果を伝えることにしました。

そのおかげもあってメディアに取り上げられる機会が増えて、業界として販売数も売り上げも伸びたところまではよかったものの、この仕掛けには苦労しました。

納豆に続いて、豆腐、豆乳と、それぞれの業界団体からの全国PRが1年ずつズレて始まりました。同時期に3つの全国PRが重なったのは3年間も続きました。

記念日を有効に使えば、それぞれの特徴を出すことができるのですが、納豆の日(7月10日)と豆腐の日(10月2日)は適度に離れていますが、豆乳の日(10月12日)は豆腐の日から10日間しか離れていません。

私の表向きの役割は、食品の有効性を伝えることであって、同じ大豆から作られている製品なので、効能効果に大きな違いはありません。

単年の全国PRであれば苦労は少ないものの、納豆の勢いを続けながら、豆腐も負けないようにPRして売り上げを伸ばしていくとなると、素材(大豆)そのものの有効性だけではメディアに取り上げられる機会が減っていきます。

そこで考えたのは、一つは「食べ合わせ」を押し出すこと、もう一つは「販売スペースの拡大」でした。

食べ合わせについては次回以降に説明しますが、納豆も豆腐も冷蔵のケースで販売するものだけに、納豆も豆腐も種類を増やすことによって売り上げが伸びるということを理解してもらうことが重要です。

そのための仕掛けが、より健康的な食材として活用するための新たな提案でした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

細菌は1個の細胞で構成されている単細胞となっています。そのために、活性酸素によって破壊されても、他の細胞に影響が出ることはないのですが、身体の細胞は多くがつながっているために、活性酸素の影響を受け続けることになります。

細胞が破壊されたところが血管であれば血管が傷ついていくことになります。血管が傷つけられると弾力性が徐々に失われていって動脈硬化になりやすく、また血流も低下するようになります。

全身の細胞に新鮮な酸素と栄養素を運び、細胞の二酸化炭素と老廃物を運び去ることによって細胞の新陳代謝を高めているのは血液です。血管が傷んだために起こる血流の低下は全身の細胞の老化を進めていくことになります。

血流が低下すると、全身の細胞に血液を早く送って、酸素と栄養素を補給するために自律神経が反応して血圧が上昇します。血管が傷ついているところに血圧が上昇すると血管が強く刺激されることとなり、動脈硬化が促進されることになります。

動脈硬化は心疾患、脳血管疾患の要因となっています。活性酸素によって細胞が傷つけられると、発がん物質などの有害物質が細胞内に侵入しやすくなります。そのために細胞が、さらに傷みやすくなり、細胞の働きが正常に保たれにくくなっていきます。

活性酸素によって破壊されたのが膵臓や肝臓などの細胞であれば、その器官の機能が低下していくことになります。その中でも膵臓や腎臓などは活性酸素に弱い臓器であり、活性酸素が多く発生するほど、機能も低下しやすくなっています。

さらに、活性酸素による細胞の破壊が続くと機能低下が広がり、がんや糖尿病などの生活習慣病が引き起こされる原因にもなります。また、皮膚の細胞も傷つけられて、体内の老化とともに、見た目の老化も進んでいくようになるのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「環境の日」国連人間環境会議が、人間環境宣言をした1972年6月5日にちなんで制定。

「ロコモ予防の日」ロコモティブ・シンドローム予防推進委員会が、6と5でロコモ、老後と読む語呂合わせで制定。

「ろうごの日」神戸市老人福祉施設連盟が、ろう(6)ご(5)の語呂合わせで制定。

毎月5日:「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

国民的歌手と称される三波春夫さんの半生を綴った書籍の“初めの読者”となった関係から、その歴史と芸について深く知ることができましたが、三波春夫さんのことは子どもの頃から父母や祖父母に聞いていて、浅い知識ではあったとしても知っていました。

三波春夫さんの出身地は新潟県の越路町(現在は長岡市塚野山)で、誕生されたのは1923年(大正12年)なので、1955年生まれの私とは30年以上も離れていて、書籍の作成で初めて会っただけです。

ただ、私が3歳から小学校入学直前まで暮らした母親の実家の寺院(出雲崎町)とは比較的近い距離であって、私が2歳の時には「チャンチキおけさ」が大ヒットしていたので(合計200万枚)、地元の英雄でした。

住職の祖父からは、三波春夫さんは13歳でして上京して住み込み奉公をして、16歳で浪曲学校に入り、南條文若の名前で浪曲師となったと聞いていました。

20歳で陸軍に入り、終戦後の22歳から26歳まではロシアで抑留生活を過ごして、帰国後に浪曲の世界に戻り、昭和32年(33歳のとき)に三波春夫として歌謡界デビュー。そのデビュー曲が「チャンチキおけさ」でした。

と、ここまではネット検索をすれば同じようなことが出てくることで、1984年に発行された書籍『歌藝の天地』(PHP研究所刊)にも書かれていることです。それとは違っていない話を祖父からも父親からも聞いていたので、流石に地元の英雄のことはよく知っていると感心したものでした。

当時のレコードはドーナツ版で、今ではカップリングと呼ばれていますが、A面が「チャンチキおけさ」、B面が「船方さんよ」でした。

ラジオでもよく流れてくるので、「知らぬ同志が小皿たたいてチャンチキおけさ」や「おーい船方さん、船方さんよ」と意味もわからず子どもが歌っていた時代でした。

その後も東京オリンピックの前年(1963年)の「東京五輪音頭」(250万枚)の「あの日ローマでながめた月が きょうは都の空照らす」も、日本万国博覧会(大阪万博)の3年前(1967年)の「世界の国からこんにちは」(300万枚)の「1970年の こんにちは」も、今でも記憶に残るフレーズとして伝えられています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害の支援には、食の困難さの改善も重要項目として掲げられています。発達障害には感覚過敏から食べられないものが多く、発達障害の中でも自閉症スペクトラム障害では極端な偏食もみられます。

食事で摂ることができない栄養素があるなら、それを補うものがサプリメント(supplement)なので、栄養補助食品を使うことも選択肢となってもよいはずですが、栄養は食事で摂るものと考える医師や栄養士などが、いまだに多くいます。

発達障害のために食べられないものがあるのは、単なる好き嫌いや苦手というレベルではなくて、無理に食べさせるようにすることが状態を悪くすることもあるということを理解していれば、初めからサプリメント使用を否定するのは問題があると認識できるはずです。

サプリメントを完全に否定して、食事だけで解決する方法があれば、是非とも示してもらいたいところです。

通常の偏食であれば、見た目を隠す、味を隠すといったことで対応ができても、発達障害の特性である五感の過敏は、隠しきれない場合が少なくありません。

食べられないものを出すはずがないという信頼が裏切られたことで、その人が作ったものが食べられなくなることもあります。それも単に心理的に嫌うということではなくて、特定の人が作ったものは吐いてしまうというようなことも起こります。

食事の内容を確認して、食事での改善の工夫と努力をしたうえで、どうしても不足する栄養素を補うためにサプリメントを使うことは認められるべきです。

サプリメントには栄養機能食品という分類があり、ビタミン、ミネラル、脂肪酸のうち1日の摂取目安量に対する含有量が基準以上であるものだけが補充による機能を表示することが許可されています。

そのことを理解して、しっかりとした製品を選択する方法を伝える努力をして、初めてサプリメントの活用も伝えるようにしています。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

2002年から始まり、今も継続している納豆の全国PRについて、全国納豆協同組合連合会の記念日イベント(納豆の日)として、納豆業界(納豆、タレ、調味料、容器など)だけでなく、「納豆に関わる全ての人が参加できる形にしたことが功を奏した」と書籍や経済誌などで書かれたこともあります。

また、年に1回の記念日のほかに、イベントの日に合わせて発行された年間のPRの流れがわかる冊子、それを受けての毎月1回のメディアリリースの発行、リリースの内容に合わせたテレビ番組向けの企画提案、メディアだけでなく流通業界へのリリースの発行などが功奏の要因と紹介されたこともあります。

そのとおりだと信じられていたことからライバルの出現はなくて、2003年には日本豆腐協会、2004年には日本豆乳協会の全国PRを始めて、同じ手法で、同じような結果を出すことができました。

全国納豆協同組合連合会の納豆PRセンター、日本豆腐協会の豆腐PRセンターの継続の仕組みは今も続いています。納豆PRセンターのホームページには過去のコンテンツが掲載され続けています。

豆腐PRセンターのコンテンツは随分と整理されていますが、私のコンテンツは日本豆腐協会ホームページに今も載り続けています。

日本豆乳協会のほうは、ホームページからコンテンツは消えていますが、これは豆乳が納豆や豆腐とは異なる消費形態であることが関係しています。

豆乳は、食べるというよりも飲むものであって、それも冷やして飲むものという感覚が浸透していることから、同じ大豆が原材料であって、健康効果も同じようなところがあっても、アレンジしにくいということから、私たちが生み出した手法が通じにくいということもありました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

金言が歌詞の一節であるなら、その真理は歌詞の全体を見ればわかりそうなものですが、水前寺清子さんが歌唱した「三百六十五日のマーチ」に登場する「一日一歩 三日で三歩 三歩進んで二歩さがる」は、全体を見ても、なかなか金言としての意味が見出せないところがあります。

作詞家の星野哲郎さんに、その意味を聞く機会はあったのですが、その意味合いは、わかったようでもあり、まだ疑問が残るという印象の言葉でした。

“3歩進んで2歩さがる”というのは結果としては1歩しか進んでいなくても、焦らずに着実に歩みを進めることの大切さを示すことが一つの考えです。

もう一つの“3歩進んで2歩さがる”は、下がることではなくて、次の前進のために立ち止まることを指しているということで、だから“さがる”と漢字を使っていないということでした。

どちらが正しいのか、それとも別の意味もあるのか、それぞれの人が考えてほしいという期待もされています。

ということで、1番の歌詞を見てほしいのです。

「三百六十五日のマーチ」の1番の歌詞
しあわせは歩いてこないだから歩いてゆくんだね
一日一歩 三日で三歩 三歩進んで二歩さがる
人生はワン・ツー・パンチ 汗かき べそかき歩こうよ
あなたのつけた足あとにゃ きれいな花が咲くでしょう
腕を振って足をあげて ワン・ツー ワン・ツー
休まないで歩け それワン・ツー ワン・ツー
〔小林正人〕

細菌などが身体の中に入ってきたときに、その近くに活性酸素があると、マイナス電子が欠けている活性酸素は細菌の細胞膜からマイナス電子を奪っていきます。

マイナス電子を奪った活性酸素はプラスとマイナスの電子のバランスが取れた正常な酸素に戻っていきます。マイナス電子を奪われた細菌の細胞膜は、そのままでは細胞膜が壊れやすいために細胞の中からマイナス電子を移していって細胞膜を維持しようとします。

次々と細胞内の電子が移っていって、細胞の中心部にある核のマイナス電子が奪われると、その細胞は働きが止まり、破壊されることになります。そのことから活性酸素は重要な免疫機能の一つとなっているのです。

活性酸素の仕組みによって、適度な量の活性酸素が発生した場合には身体の健康を守るために必要なものとなり、免疫を高める結果となります。

ところが、活性酸素が体内で多量に発生した場合には、細菌などの外敵からだけではなく、自分の身体の細胞からもマイナス電子を奪うようになります。活性酸素が発生したことによって核を破壊された身体の細胞の破壊は一つだけでは終わりません。

マイナス電子が欠けている限りは、次々に隣の細胞から電子が奪われていって、ドミノ倒し式に細胞が破壊されていくことになります。

活性酸素の被害から身体を守るために身体の中には活性酸素が多量に発生したときには電子のバランスを元に戻して、活性酸素を消し去る働きをする酵素が備わっています。

その酵素の代表的なものはSOD(スーパーオキシドディスムターゼ:superoxide dismutase)です。SODは体内に備わった活性酸素を消去する酵素で、多くの活性酸素が発生したときに働きます。

細胞レベルで見ると、細菌や病原菌なども人間の細胞もほとんど変わりはなくて、細菌などを壊すメカニズムは、そのまま人間の身体にも通じます。

違っているのは、人間は細胞の数は非常に多く、一定数の細胞が破壊されて身体に影響が出るまでには長い期間がかかるということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「虫歯予防デー」日本歯科医師会が、虫(64)の語呂合わせで制定。

「水虫治療の日」大源製薬(兵庫県尼崎市)が、水虫が急増する梅雨入り前の時期で、む(6)し(4)の語呂合わせで制定。

「虫ケア用品の日」アース製薬が、虫(64)の語呂合わせで制定。

「蒸しパンの日」日糧製パンが、蒸し(64)パンの語呂合わせで制定。

「蒸し豆の日」マルヤナギ小倉屋(兵庫県神戸市)が、6月が食育月間で、む(6)し(4)の語呂合わせで制定。

「蒸し料理の日」Mizkan(ミツカン)が、蒸し(64)の語呂合わせで制定。

毎月4日:「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

ゴーストライターとしてPHP研究所で書籍の原稿を書くことを仕事としていた1981年から1995年の間に、是非とも書いてみたいと思ったことは、あまり記憶にありませんでした。

というのは、面白くない内容だったということではなくて、これは自分の手で書いてみたい、著者に会って話を聞きたいと願ったのに、それが叶えられないことがあったことの反動だと自分では思っています。

その書籍の著者は、「お客様は神様です」の元祖の三波春夫さんでした。お忙しい方だったので、この書籍を企画した編集者から「ゴーストライターの出番」と聞いていたのですが、ご本人がすべての原稿を書かれました。

その書籍は『歌藝の天地』(1984年刊)で、私に回ってきたのは原稿を編集して、文字校正をすることだけでした。それでも初めの読者になれることは喜びでした。

三波春夫さんは、酒もタバコもやらず、外での付き合いもできるだけ避けて、大事な時間をすべて勉強に充てていました。

初めの読者として読ませてもらい、三波春夫さんの歴史(人生の記録)を知り、自分との関わりの部分を強く印象に残させてもらいました。そして、「お客様は神様です」の真意と真理も理解することができました。

「歌うときには、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払い、まっさらな澄み切った心にならなければ完璧な芸を見せることはできないと思っている。だから、お客様を神様とみて歌を唄う。演者にとっては、お客様を歓ばせることは絶対条件。だから、お客様は絶対者、神様なのだ」

これは資料をもとにして書いたことのですが、初めは舞台で話していたところから、歌手デビューして4年目の1961年(昭和36年)に「お客様は神様です」と神様(お客様)に伝えています。

この真意が伝われば、「お客様は神様です」が間違って認識されていることが理解できるはずです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕