人間の脳には優れた調整能力が備わっています。
環境の変化に合わせて、脈拍や血圧、呼吸、体温などを変化させているのは、自律神経の働きによるものです。それは意識して調整できるものではなく、無意識のうちに、さまざまな脳のメカニズムが動員されて身体を働かせ、そのことが脳の働きにも影響を与えています。
自律神経は、自ら律する神経と書くように、自分の意思ではコントロールできないものなので、環境によって変化するために、それに従うしかないものと考えられています。
日常的な調整だけでなく、急激な環境の変化や社会事情の変化に耐えていくことができるのも、この脳の調整能力のおかげです。それはマイナスに傾いたことを元のゼロの状態に戻すだけでなく、プラスにしていく能力も備えています。
厳しい社会を生き抜いていくためには、本来の自分以上に大きく強く見せなければいけないこともあり、その逆に弱く見せることを生き抜く術にしている例もあります。自分を鼓舞して、普段の能力以上のものを発揮させるために、偽りを自分に植えつけるのも、優れた脳の能力といえます。
いかに上手に自分の脳に偽りの情報を与えて、生き抜き、戦い抜く力を引き出すかということを考えさせてくれたのは、ゴーストライターとして手がけた184冊の書籍の一つで取り上げた諸葛孔明の戦略でした。
また、ゴーストライターの第一作目の著書である松下幸之助翁の「物をつくる前にまず人をつくる」という一節を書きながら、それぞれの人の考え、生き方を引き出すための戦術も同じように感じました。
その後の仕事の中でも、多くの人の考えや行動の中に秘められている「偽る脳力」を探ってきました。
原稿執筆から健康や医療に関わる団体の機関誌、生命科学の研究活動、講習、情報発信、子どもの支援活動までの流れを振り返ってみると、自ら敷いた「偽る脳力」のレールの上を走り続けてきたようなものです。
周囲には冗談半分のように口にしてきたことですが、自分が活躍できる期間は随分と短くなり、“終着駅”が見える距離まで近づいてきました。日本人の男性の健康寿命は72.68歳で、平均寿命の81.41歳と比べると9年ほどの差があります。この期間は医療や介護に頼らないと活動できない不自由な期間を指しています。
健康を気づかって暮らしてきたつもりなので、もう少し健康寿命は高まるかもしれませんが、人生は何が起こるかわかりません。小数点以下を省くと健康寿命を全うするまでの期間が50か月ほどとなりました。
カウントダウンで減っていく期間を大切にして、これまで経験してきた「偽る脳力」を文章として残す必要性を感じて、この連載コラムを始めました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕