感染拡大から考える若者の不要不急の感覚

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、不要不急の外出を自粛するように、県境を越えて移動しないように自治体が発表しても外出をする人はいました。高齢者は外出を控えないと命の危険があるということが言われても、東京では食料品不足になったからと埼玉県で食料品を購入した高齢夫婦が孫のところに届けると言って電車に乗っているシーンが報道されました。移動自粛の最中であったので混雑した電車でないことを祈りたい気持ちですが、混雑した電車は密閉空間、密集場所、密接場面という3つの密に該当するので、移動自体が危険空間に該当します。
3つの密でなければ感染をしないというようなことが報道されると、東京・渋谷でインタビューされていた若者が「外だから安全」という答えをしていましたが、その渋谷に自宅から何を使って移動してきたのか、ということを忘れての発言です。外であっても密着と密接に該当するところは危険性が高くて、アウトドアのイベントも避けるべき対象となります。だから、桜の名所が通行止めにされたわけです。
渋谷も原宿も、狭いところを多くの人が通行していくので、これはイベント会場と同じような状況です。歩くだけで店には入らないといっても、渋谷のセンター街も原宿の竹下通りも外のほうが店内よりも密着と密接の空間になっています。これらの若者の街はイベント会場と同じようなものなので、桜の名所のように通行止めになっても仕方がないと感じさせられます。
東京都知事は不要不急の定義として、他の日に振り替えられないことをあげて、花見も来年できるので不要不急だと言っていました。一斉休校になった学校は4月から全国で再開されることになり、友達と遊べるのは今だけという感覚で外出している若者もいました。これも不要不急だとは思うのですが、4月から就職で友達と遊べるのは今だけと言われると、これは不要不急ではないのではないかと一瞬ですが、思ってしまいました。当事者の若者は一瞬ではなく、ずっと思って、平気で外出をしているのかもしれません。