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2025年4月1日から始まった定年退職年齢の65歳義務化、70歳までの雇用の努力義務化は、単に働く人が自分の健康に注意を払って働ければいいということではありません。

この定年延長は高年齢者雇用安定法に基づく高齢者就業確保措置によるものですが、55歳以上の高年齢者(高年齢者雇用安定法での定義)は加齢にともなう心身機能の低下が懸念されることから、特別の配慮が求められています。

その配慮期間は60歳定年では5年ほどでしたが、65歳定年では10年となり、70歳定年では15年となることから、これまで以上に健康・安全対策が必要となっています。

このような考えに基づいた継続できる健康づくりを実践するために岡山で設立したのが特定非営利活動法人(NPO法人)セカンドステージ連盟です。

働く人の健康づくりの施策は随分と前から行われてきました。私は働く人と家族の健康づくりの活動に長く関わってきましたが、1988年に労働安全衛生法が改正され、健康保持増進が事業者の努力義務となったことをきっかけにしてTHP運動が始まりました。

THPは 「Total Health Promotion Plan」の略称で、働く人の心身の健康づくりを目指して、企業が取り組む計画を指しています。

THP運動では、医師の診断に基づいて、栄養、運動、保健、心理の各指導が実施され、各分野の専門家(産業栄養指導者、ヘルスケア・トレーナー、産業保健指導者、心理相談員)が組織されました。そのうち産業栄養指導者会は私が所属していた病院栄養管理研究所が事務局を務め、私は事務局と講習・広報を担当していました。

また、THP運動の連携のためにTHP指導者会が設立され、これを構成する産業栄養指導者会、ヘルスケア・トレーナー会、産業保健指導者会、心理相談員会と連携して、広報も務めてきました。

2008年から特定健診・特定保健指導が始まりました。これは40歳以上74歳未満のすべての被保険者・被扶養者を対象に、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)予防を目的としたもので、結果に基づいて必要に応じて保健指導が行われています。

従来の健康診断は生活習慣病の早期発見・早期治療が重視されてきましたが、内臓脂肪の過剰蓄積による糖代謝異常、脂質代謝異常、高血圧などの動脈硬化の予防・改善が重視されることになりました。

特定健診・特定保健指導は企業で働く人と家族だけでなく、地域住民も対象として実施されましたが、地域住民への浸透度は低く、受診率の向上は重要なテーマとなりながらも進まない状態は今も続いています。

私が代表を務める特定非営利活動法人日本メディカルダイエット支援機構の初期メンバーには、THP活動と特定保健指導に取り組んできた医師、管理栄養士、保健師、薬剤師、健康運動指導士などの専門家がいました。

日本メディカルダイエット支援機構は、2008年に内閣府から特定非営利活動法人(NPO法人)の認証を受けましたが、特定健診・特定保健指導の始まりと時期が重なったことから、メタボ対策としての食事指導、運動指導の活動が多く、これが食事と運動を組み合わせた効果的な健康づくりの推進へとつながっています。

岡山県は、女性の平均寿命の長さは日本一で、男性も10位という長寿地域です。健康に関わる条件面で優位な特徴があり、それを支える一つとして働く人の健康度を高める心強い特徴があります。それは働く人と家族の健康づくりに積極的に取り組む健康経営推進の「健活企業制度」です。

健活企業制度は、全国健康保険協会(協会けんぽ)の岡山県支部によって独自に実施されているものです。健活企業宣言を行い、従業員やその家族が長く健康に過ごすことができるように、従業員への健康づくり活動を積極的に行う企業を増やすことを目指した健康経営推進の事業です。

岡山県や経済団体などと連携して健活企業をサポートする「晴れの国から『健活企業』応援プロジェクト」を立ち上げ、企業・団体の取り組みを支援しています。

岡山県内には健活企業が2441事業所(2025年3月1日現在)あり、健康づくりの大きな力となることが期待されています。
こういった背景もあって、定年延長時代の健康づくりのモデルは岡山で作り上げたいというのが、あと6日で古希になる身で選択したことです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

相続に関する話として、亡くなった人の預金は葬儀代に使うことはできるものの、それ以外は相続税の対象になることを前回(業苦楽12)書きました。

相続税の対象になるといっても、葬儀代を多く見積もっていて、それほど金額面でオーバーしなかったら、相続税といっても大きな差にはならないのが普通です。もちろん、残された財産の内容によって違った展開になることはあるのですが。

亡くなった人の預金を余分に引き出すことによって問題になるのは、このことではなくて、大事な権利が失われることになることです。相続の対象になるのは財産に関する権利だけでなく、債務(簡単にいうと借金)も引き継ぐことになります。

債務が多い場合には、相続放棄をして、債務から逃れる方法もあります。財産の相続はできなくても、債務に追われることもなくなります。

ところが、亡くなった人の預金を葬儀代以外に引き出すと、その引き出した人は相続放棄ができなくなります。

そのようなことを知っていれば、亡くなった人の預金に手をつけることなしに、葬儀代を支払うことを選択するはずです。

親戚の人が亡くなっても、相続できるわけでもないので遠い話と思っていたら、債務が身にかかってきた人がいます。その方から直接聞いたことで、直接的な遺族(子ども)が相続放棄をしたことによって、亡くなった方に近い故人の弟に債務の請求がきたという話です。

子ども全員が相続放棄をしたことによって、相続順位が子どもの次であるということで、いきなり債務の相続の矛先が向いてきたということです。

相続放棄の期限は相続の発生を知ってから3か月以内と定められています。

その期間に直接の遺族のところに出向くなりして、相続放棄のことを把握していれば、自分の相続放棄ができたのに、それができなかったために追い込まれることになった(その方は自己破産をすることになった)ということでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害の五感の感覚過敏のうち運動に関わりがないのは味覚だけで、視覚、聴覚、嗅覚、触覚の過敏は、運動に大きな影響を与えます。感覚過敏の状態は本人だけのもので、周囲からはわからないものだけに、その困難さは理解しにくく、それが発達障害児を苦しめることにもつながっています。

本人はわざと下手にやったり、ルールと異なることをやっているわけではないため、そのことを理解して、身体を積極的に動かす機会やモチベーションを失わせるようなことをしないように注意しなければなりません。

聴覚過敏は耳から入ってきた音がすべて、脳に届いたまま反応してしまうことがあります。通常の聴覚の働きは脳まで届いた音の中から必要なものを選択して増強させ、逆に必要のないものは弱化させて、場合によっては聞こえないという状態にしています。

そのために教室での授業も、周囲の子どもや教師もうるさいとは感じない程度のことが、うるさくて仕方がない、勉強に集中できないということも当たり前のように起こっています。

ここがクリアできていない聴覚過敏の子どもにとっては、そこから逃げ出したくなるような厳しい状態にもなりかねません。

体育の授業で身体を動かすことは、教室での学習に比べると集中することは少ないために平気であろうと思われているところがあります。準備運動をするだけであれば周囲の音をうるさく感じても、号令をかける人の声を聞き分けることはできます。

ところが、競技では周りの音のために集中ができず、また跳び箱を跳ぶタイミングを教えるために声をかけてもらっても、うまく反応できないことにもなります。

球技では、ボールなどの音を聞き、周囲の声を聞いて集中して行うものだけに、音の選別ができないのは大変な困難となってしまいます。

個人競技の徒競走であれば大丈夫だと思われがちですが、スタートのタイミングを知らせるホイッスルや競技大会でのスターターピストルが大きく聞こえすぎて、中には「自分に向けて大砲を撃たれた感じ」にも聞こえることもあります。

そのために、身体がうまく反応できないためことから合わせてスタートできない、それどころが走ることを拒否してしまうということも起こっているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「こころのヘルスケアの日」ティーペック(東京都台東区)がメンタルヘルス相談サービスを始めた1993年4月1日にちなんで制定。

「居酒屋で乾杯の日」居酒屋甲子園(東京都文京区)が良(4)い(1)と酔(4)い(1)の語呂合わせで制定。

「黒ラベルの日」サッポロビールがサッポロびん生の誕生日の1989年4月1日にちなんで制定。

「サントリー赤玉の日」サントリーワインインターナショナルが赤玉ポートワインの発売日の1907年4月1日にちなんで制定。

「ジャパニーズウイスキーの日」ジャパニーズウイスキーの日実行委員会が日本初の国産本格ウイスキーが販売された1929年4月1日にちなんで制定。

「熊本甘夏の日」熊本県果実農業協同組合が4月に販売量が増えることから制定。

「ほぼカニの日」カネテツデリカフーズ(兵庫県神戸市)がエイプリルフールに本物のカニとカニ風味かまぼこの「ほぼカニ」を食べ比べて楽しい嘘をついて食卓を盛り上げてほしいとの思いで制定。

毎月1日:「あずきの日」(井村屋グループ)、「釜めしの日」(前田家)、「Myハミガキの日」(ライオン)、「もったいないフルーツの日」(ドール)

もうじき古希を迎える身には4月1日の年度の区切りは特別の意味を持っていると考えています。これは私だけの感覚かもしれないのですが、60歳を過ぎてから東京から岡山に移住して、当初の目的が達せられないままコロナ禍の3年間に突入して、その間に65歳という世間でいう定年退職年齢になりました。

社会人になってから、ずっと雇われたことはなくて、フリーランスやコンサルタントとして働いてきて、給料とボーナスを支払う側になったことはあっても、もらったことは一度もありません。

そのため、60歳は企業や団体で働いている人は役員にならなければ定年退職ということは一般常識としては知っていても、自分とは関係のない世界の話という感覚のまま60歳を普通の区切りの年齢として迎えました。

その定年退職年齢は、高年齢者雇用安定法に基づく高齢者就業確保措置によって、2025年4月から65歳までの継続雇用が義務化され、定年を超えても働きたいと希望する従業員全員を70歳まで雇用することが努力義務となりました。

それは私には直接的には影響があることではなかったのですが、できるだけ長く働かせようという“限られた人の意図”の影響を70歳という年齢で再び肌身で感じる状況となりました。

東京を離れてからも永田町のお役所(霞が関ではなくて)からの依頼仕事は細々と続けてきていたのですが、2024年9月末で終了しました。年齢でいえば69歳で、70歳まで定年延長をしても、もう先は短いというタイミングでした。

この時期に岡山に一緒に移住した義妹が東京に戻ることになり、そのことを東京人脈に伝えて、「何かできることがあれば応援して」という感じで連絡をしました。その東京人脈の1人の“お役人”からきたのは「あなたは、いつUターン移住するのか」という質問でした。

そのようなつもりはなかったので、勘違いされたのだなと思って、短いやり取りを繰り返していたら、なぜUターン移住という発想になったのかがわかりました。

2024年7月に岡山で新たな特定非営利活動法人(NPO法人)を設立して、65歳の定年義務化、70歳の雇用努力義務の時代に合わせた活動を報告していて、それが目に止まったことでした。

そのときに“お役人”から言われたのは、「岡山から小さく始めるのではなくて全国規模で始めたらどうか」、「中央が始めたら岡山での活動は飲み込まれてしまう」ということでした。確かに、お役所が始めたら地方の活動は中央の主導になって消えてしまう、ということは、これまでの霞が関との付き合いの中で何度も見てきたことです。

東京で仕事も生活する場所も作ってくれるという“魅力的な条件”ではありました。

自分だけの利益を考えるとしたら、飲み込まれるような立場ではなくて、飲み込む側になって活動するということもあったのかもしれませんが、岡山県には独自の健康支援の「健活企業」の制度があり、それと同じことができるのではないかとの発想が出てきました。

70歳が定年なので、あとわずかしか働けないということを伝えたら、しばらくは静かにしてくれていたのですが、3月31日の年度末に、つまり昨日、またアプローチがありました。

「高齢者就業確保措置は、70歳までの定年引き上げだけでなく、定年制の廃止も含まれていて、死ぬまでとは言わないものの、もう限界と感じるまでは働ける時代になった」ということでした。

まだ“昨日の今日”のことなので、結論を伝えるところまではいっていないのですが、自分としての結論は出せています。というよりも、以前から同じ結論ではあったのですが。

このことは次回(日々修行215)に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

感覚過敏の触覚過敏の特性としては、以下のことがあげられています。

・触ることができないものがある(のり、ねんど、スライム、たわし、毛糸)
・服の着心地にこだわる

・苦手で着られない服、靴下、靴、帽子がある

・帽子、マスク、マフラー、ハイネックを身につけたがらない

・手がベタベタするのを嫌がる

・手が水で濡れることをとても嫌がる

・握手ができない

・握手やハグが苦手

・背中を触られるのが嫌い

・抱っこやおんぶを嫌がる

・髪の毛を触られることに恐怖を感じる

・シャワーを痛いと感じて泣き叫ぶ

・髪のブラシ、歯磨き、爪切り、耳かきなどをとても嫌がる

・軽く触られただけでも大きく身体を引いてしまう

・注射など痛みにすごく敏感

・温度に対して敏感でとても暑がり、寒がり

・熱いものが痛みに感じる

・気にいった手触りのものを、いつも触っている

・シートベルトができない

・ティッシュで口や鼻が拭けない

・水に顔がつけられない

・肌にローションや軟膏がつけられない

・砂や泥の感触が不快

・過剰にくすぐったがる

触覚過敏の特性の中で学習障害に与える影響としては、指先の感覚の違いや身体に触れられる、もしくは触れられるかもしれないことが気になって、学習に集中ができなくなり、学習障害の程度を悪くすることがあげられます。

筆記具の感触が気になることから文字が書けないということが起こることや、教えようとして背後に立つことに抵抗を感じ、視野の範囲の外から近づいてこられるだけで勉強ができなくなることもあります。

そこを理解してあげて、環境を整えてあげると同時に、覚えることができないことに対して、誤った反応をしないことが教師や親にも求められることです。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、日間変動を説明しています。

エネルギーと栄養素摂取量に日間変動が存在することは広く知られています。

日間変動の程度は個人と集団によって異なります。例えば、日本人の成人女性では、個人レベルで習慣的な摂取量の±5%または±10%の入る摂取量を得るために、それぞれ必要な調査日数は栄養素や年齢によっても異なります。

集団を対象として摂取状態の評価を行うときには、集団における摂取量の分布のばらつきが結果的に無視できない影響を与えます。日間変動のため、調査日数が短いほど、習慣的な摂取量の分布曲線に比べ、調査から得られる分布曲線は幅が広くなります。

そのため、食事摂取基準で示された数値を用いて摂取不足や過剰摂取を示す者の割合を算出すると、その割合は、短い日数の調査から得られた分布を用いる場合と習慣的な摂取量の分布を用いる場合では異なります。

例えば、50〜69歳の男女を対象に、12日間にわたって秤量食事記録法を用いた調査では、調査日別にみた栄養素摂取量が不足または過剰している可能性のある者の割合の結果が報告されています。

日間変動だけでなく、季節間変動すなわち季節差の存在も推測されますが、日本人の明確な季節差が存在する栄養素としてビタミンCが報告されています。

その他の栄養素についても季節差を認めた報告もあるため、季節によって食事内容が大幅に変動することが予測される場合には、留意することが望ましいとされています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

4月1日
「こころのヘルスケアの日」ティーペック(東京都台東区)がメンタルヘルス相談サービスを始めた1993年4月1日にちなんで制定。
「居酒屋で乾杯の日」居酒屋甲子園(東京都文京区)が良(4)い(1)と酔(4)い(1)の語呂合わせで制定。
「黒ラベルの日」サッポロビールがサッポロびん生の誕生日の1989年4月1日にちなんで制定。
「サントリー赤玉の日」サントリーワインインターナショナルが赤玉ポートワインの発売日の1907年4月1日にちなんで制定。
「ジャパニーズウイスキーの日」ジャパニーズウイスキーの日実行委員会が日本初の国産本格ウイスキーが販売された1929年4月1日にちなんで制定。
「熊本甘夏の日」熊本県果実農業協同組合が4月に販売量が増えることから制定。
「ほぼカニの日」カネテツデリカフーズ(兵庫県神戸市)がエイプリルフールに本物のカニとカニ風味かまぼこの「ほぼカニ」を食べ比べて楽しい嘘をついて食卓を盛り上げてほしいとの思いで制定。
毎月1日:「あずきの日」(井村屋グループ)、「釜めしの日」(前田家)、「Myハミガキの日」(ライオン)、「もったいないフルーツの日」(ドール)

4月2日
「CO2削減の日」富士金属興業(静岡県浜松市)がシー(4)オー(0)ツー(2)の語呂合わせで制定。
「木曽路しゃぶしゃぶの日」木曽路がしゃ(4)ぶ(2)しゃぶの語呂合わせで制定。
「歯列の日」OCAjapan(京都府京都市)が歯(4)列(02)の語呂合わせで制定。
「巻き爪ケアの日」メディカルケア(埼玉県さいたま市)が良い(4)爪(2)の事合わせで制定。

4月3日
「みずの日」全国清水寺ネットワーク会議が、し(4)み(3)ずの語呂合わせで制定。
「葉酸の日」母子の健康を考える会が葉(4)酸(3)の語呂合わせで制定。
「ケシミンの日」小林製薬がシ(4)ミ(3)の語呂合わせで制定。
毎月3日:「くるみパンの日」(カリフォルニアくるみ協会)、「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

4月4日
「あんぱんの日」木村屋総本店が1875年4月4日に明治天皇にあんぱんを献上したことにちなんで制定。
「どらやきの日」丸京製菓(鳥取県米子市)が3月3日の桃の節句と5月5日の端午の節句にはさまれた4月4日に、あんこを間にはさむどらやきを食べて皆んな幸せ(4合わせ)として制定。
「C.C.レモンの日」サントリー食品インターナショナルがシー(4)シー(4)レモンの語呂合わせで制定。
「しあわせ写真の日」全日本福祉写真協会が4と4が重なることで、し(4)あわせの語呂合わせで制定。
「猪肉の日」肉の鈴木屋(長野県飯田市)がシ(4)シ(4)の語呂合わせで制定。
「歯周病予防デー」goodbye perioプロジェクトが歯(4)周病予(4)防の語呂合わせと2012年4月4日のプロジェクト開始にちなんで制定。
「脂肪0%ヨーグルトの日」日本ルナ(京都府八幡市)が脂肪(4)0%(0)ヨーグルト(4)の語呂合わせで制定。
毎月4日:「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

4月5日
「横丁の日」アスラボ(東京都港区)が横丁の横(45)の語呂合わせで制定。
「新子焼きの日」旭川名物“新子焼き”の会が新(4)子(5)の語呂合わせで制定。
毎月5日:「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

4月6日
「マシュマロの日」エイワ(長野県安曇野市)がマシュマロ=ま(0)し(4)ま(0)ろ(6)の語呂合わせで制定。
「春巻きの日」味のちぬや(香川県三豊市)が春が4月、巻きがロール(6)から制定。
「天塩 塩むすびの日」天塩が塩(4)む(6)すびの語呂合わせで制定。
「コンビーフの日」1875年の4月6日にアメリカでコンビーフを詰める台形の缶の特許が登録されたことから制定。
毎月6日:「メロンの日」(全国メロンサミットinほこた開催実行委員会)、「手巻きロールケーキの日」(モンテール)、「手巻きロールの日」(モンテール)

4月7日
「セルフケアの日」プラスプ(東京都千代田区)がWHO(世界保健機関)の定めた国際保健デーに合わせて制定。
「歯垢なしの日」アイオニック(千葉県流山市)が電子イオン歯ブラシで歯垢をなくして歯周病を予防することを目的に歯(4)垢な(7)しの語呂合わせで制定。
「プリン体と戦う記念日」明治がプリン体と戦う乳酸菌の発売日の2015年4月7日にちなんで制定。
「花王グループ健康の日」花王がWHO(世界保健機関)が設立された1948年4月7日を記念して設けられた世界保健デーに合わせて制定。
「おなかと腸活の日」ビオフェルミン製薬が4月7日を407と読んで、よい(4)おなか(07)の語呂合わせで制定。
「夜泣き改善の日」樋屋製薬(大阪府大阪市)が夜(よ=4)泣(な=7)きの語呂合わせで制定。
毎月7日:「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「Doleバナ活動の日」(ドール)

4月8日
「おからの日」日本乾燥おから協会が、おからの別名の卯の花から卯月の4月と花祭りの4月8日にちなんで制定。
「木曽路すきやきの日」木曽路が、す(4)きや(8)きの語呂合わせで制定。
「高級食パン文化の日」銀座仁志川(東京都中央区)が高級食パンの普及を目的に食パン=し(4)ょくパ(8)ンの語呂合わせで制定。
「ベビーリーフ記念日」エム・ヴイ・エム商事(兵庫県神戸市)が幼葉=よ(4)うば(8)の語呂合わせで制定。
「貝の日」渥美商工会(愛知県田原市)が貝がおいしい季節で貝は目と八になり、目は横にすると四と似ていることから制定。
「炭酸水の日」サッポロ飲料が炭酸の飲み口のシュ(4)ワ(8)の語呂合わせで制定。
「指圧の日」日本指圧協会が指(4)圧(8)の語呂合わせで制定。
「白肌の日」コーセーがシロ(4)ハダ(8)の語呂合わせで制定。
「ホヤの日」まぼ屋(宮城県仙台市)がホ=フォー(4)ヤ(8)の語呂合わせで制定。
毎月8日:「お米の日」、「歯ブラシ交換デー」(ライオン)、「ホールケーキの日」(一柳)、「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「にわとりの日」(トリゼンフーズ)、「スッキリ美腸の日」(日本美腸協会)

4月9日
「鍼灸の日」日本鍼灸協会が鍼(4)灸(9)の語呂合わせで制定。
「よいPマンの日」がんばる国産ピーマンプロジェクトが、よい(4)とPが9の形に似ていることからP(9)マンで制定。
「食と野菜ソムリエの日」日本野菜ソムリエ協会が、し(4)ょく(9)の語呂合わせで制定。
「子宮頸がんを予防する日」子宮頸がんを考える市民の会が子(4)宮(9)の語呂合わせで制定。
毎月9日:「クレープの日」(モンテール)

4月10日
「駅弁の日」日本鉄道構内営業中央会が行楽シーズンの4月と、べんとう(10)の語呂合わせで制定。
「よいトマトの日」カゴメが、よい(4)トマト(10)の語呂合わせで制定。
「ほうとうの日」たべるじゃんほうとう推進協議会(山梨県中央市)が、ほう(4)とう(10)の語呂合わせで制定。
「お弁当始めの日」ニチレイフーズが弁は数字の4に似ていて当(10)の語呂合わせで制定。
「酔い止めの日」浅田飴が酔(4)い止(10)めの語呂合わせで制定。
「辛ラーメンの日」農心ジャパン(東京都千代田区)が辛ラーメンの辛いの英語のホッ(4)ト(10)の語呂合わせで制定。
「タネの日」日本種苗協会が種のseedからシー(4)ド(10)の語呂合わせで制定。
「しろえびせんべいの日」日の出屋製菓産業(富山県南砺市)が、しろえびせんべいが世に出た日(1999年4月10日)で、しろえび漁の解禁月の4月にちなんで制定。
「みんな大好き!シーフードサラダの日」マリンフーズがシー(4)フード(10)の語呂合わせで制定。
毎月10日:「植物油の日」(日本植物油協会)、「糖化の日」(AGE測定推進協会)、「パンケーキの日」(日本ハム)、「コッペパンの日」(全日本丸十パン商工業協同組合)、「アメリカンフライドポテトの日」(米国ポテト協会)

「サンミーの日」神戸屋(大阪府豊中市)が菓子パンのサンミーがデニッシュ生地にクリームを包み、ケーキ生地をトッピングして焼き上げ、チョコを線描きすることで三味が味わえることからサン(3)ミー(31)の語呂合わせで制定。

「山菜の日」出羽屋(山形県西川町)が山(3)菜(31)の語呂合わせで制定。

毎月31日:「菜の日」(ファイブ・ア・デイ協会)

東京から岡山に移住して丸8年になるという段階で、地方で何ができるのかを、今さらと言われることを承知して言い始めました。8年といっても、移住の目的であったことが違えられて別の道を模索するまでに2年半、模索して結論が出るまで半年がかかり、これから再スタートという段階になって新型コロナウイルス感染症の蔓延が始まりました。

コロナ禍の猖獗(しょうけつ)に振り回される期間が3年間も続いたので、岡山に移住して実質的に自分の活動を始められたのは2年間だけでした。これからが本格的始動という時期が古希を迎える時期と重なり、別の道も考えたこともありした。

東京に再Uターンをして、やり残した仕事をすることを示して好条件を出してくれた永田町のお役所(霞が関ではなくて)もありました。

それを断ったのは、30年以上もかかって変えることができなかったことの後始末をするだけということがあり、中央の仕組みを地方で受け入れるだけではなくて、中央の欠けている部分、不足している部分を補う地方独自の活動を最後の仕事にしようと考えたからです。

不足している部分があれば、それを認めて補っていくべきで、臨床栄養の世界でたとえるなら「栄養素は食事で摂取するべきで、サプリメントに頼るべきではない」という考えは今では通じなくなっています。これは摂取する側の意識が変わったことを、臨床栄養の医師や管理栄養士が気づいて対応してきたからのことです。

そのスタートは、外圧(主にはアメリカからの)によってサプリメントの規制緩和が行われた1996年のことです。医薬品と似た形状の錠剤やカプセルでの食品摂取が認められたというのが規制緩和の中心として歴史の本にも記載されているのですが、大きく変わったのは中身です。

今ではサプリメントや食品成分として当たり前の存在となったビタミン、ミネラル、アミノ酸は以前は医薬品成分で、食品成分としての使用が認められていなかったのです。1997年にビタミンが、1999年にミネラルが、2001年にアミノ酸が相次いで食品として許可されました。

そして、2002年には厚生労働省から「サプリメント等に係るアドバイザリースタッフの養成に関する基本的な考え方について」という通知が出されました。これは現在では「保健機能食品等の〜」と名称が変更になっています。

いわゆるサプリメントアドバイザーの養成ついて厚生労働省が考え方(要は基準)を出したもので、その審議の委員として加わっていたこともあって、サプリメントの事情に詳しくなり、翌年からは複数の養成機関の法律講師を務めさせてもらいました。

サプリメントの専門家が消費者にアドバイスをすることによって消費者が正しい商品選択、使用法などが身につけられるようにすることが大きな目的でしたが、それが達成できているのかというと「何も進んでいない」との指摘があっても反論はできません。

前回(日々修行212)、医師が栄養学を充分に学べない事実について触れましたが、これを改善しようと医学・科学・栄養学などの専門家が学会と協会を組織して挑戦してきたものの、消費者に当たる患者が充分な知識を得て、実践しているかというと、これも疑問です。

日本臨床栄養協会は医師と病院勤務の管理栄養士・栄養士が、お互いに学び合う場として設立され、初代の副会長(医師が会長、管理栄養士が副会長の体制)は、私が主任研究員を務めていた病院栄養管理研究所の所長(国立病院の管理栄養士のトップを務め、日本栄養士会の理事長も務めた)でした。

日本臨床栄養協会の事務局の一部や広報も務めさせてもらう中で、ずっと討議してきたことは今も解決されているとは言いにくい状態です。

欠けていることがあることを知って、それと自分のギャップに気づき、それを解決する方法を専門家からリードしてもらいながら自分の健康は自分で守っていくということを岡山の地で広めていくためには、これまで継続してきた活動を短期間のうちに一気に取り組むしかないと判断して、それに相応しい岡山の中心となる地に移り住むことを決断しました。

これについては「日々修行」だけでなく、複数の連載コラムでも具体的なことを伝え、健康情報の発信をプロ向けに比重を移していくなど、驚くような(周りも自分も)スピードとスケールで進めていきます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕