脂肪は体の中で燃焼しているのか

ダイエットの話をするときに「脂肪が燃焼する」という表現がよく出てきます。私たちも一般向けに話をするときには、わかりやすいように「燃焼」という言葉を使っていますが、実際には脂肪が燃焼してなくなるようなことはありません。燃焼するためには、かなりの温度の上昇が必要で、紙に火をつけて燃やす程度でも200〜450℃の温度が必要になります。模造紙でも400℃以上の温度が必要で、一番燃えやすいティッシュペーパーでも200℃もの温度が必要になっています。
それに比べて間の体温は37℃前後で、最高でも42℃以下の温度でしかありません。というのは、人間の身体はタンパク質で構成されていて、タンパク質は42℃を越えると変性するので、細胞が凝固することになります。体温計の目盛りが42℃までしかないのは、これが人間の体温の上限値となっているからです。牛乳を加熱すると膜が張るのも、卵を茹でると白く固まるのも、たんぱく質が変性した結果で、これと同じことが起こると考えることができます。
それほどの熱が発生していないのに、燃焼したかのように変化させるために使われるのが触媒です。触媒は特定の化学反応を速める物質で、それ自体は反応を起こしても変化しないものをいいます。使い捨てカイロは燃えてはいないのに熱を発生させています。これは鉄の酸化反応を利用したもので、鉄粉と水、食塩、活性炭によって酸化反応が起こりやすくしています。鉄粉以外の材料が触媒となっているわけですが、体内で、この触媒の役目をしているのは酵素です。
細胞のミトコンドリアの中にはTCA回路があり、このTCA回路では酵素を用いて代謝が起こっています。糖質はブドウ糖に、脂質は脂肪酸に、たんぱく質はアミノ酸に変化した後、どれもミトコンドリアの中でアセチルCoAとなってTCA回路へと入っていきます。TCA回路では酸素を使ってアセチルCoAはクエン酸から始まって、次々に別の酸に変化していくわけですが、TCA回路ではブドウ糖1分子につき32分子のATPが作られます。
TCA回路でエネルギー物質のATPが発生するときには、二酸化炭素と水も発生します。代謝によって発生した水は代謝水と呼ばれ、1日に300mlほどが作られています。二酸化炭素と水が発生するのは、食品に含まれる脂肪を燃やしたときも同じで、化学の実験として脂肪に火をつけたら燃焼して、燃えかすの他には二酸化炭素と水が発生します。この燃焼の場合には煙として出ていく分もあるのですが、燃えた脂肪も減っていきます。
それに対して、TCA回路のエネルギー代謝では、物質として減っているのは二酸化炭素と水だけとなっています。エネルギー物質のATPは発生しているので、その重量もあるように思われがちですが、エネルギー代謝によってATPが発生しているわけではないのです。わかりにくい話なので少しだけ詳しく説明をすると、TCA回路のエネルギー代謝によってリン酸が発生しています。
ATPはアデノシン三リン酸(adenosine tri-phosphate)の略で、アデノシンにリン酸3個が結びついたものですが、ATPの2個目と3個目のリン酸は高エネルギー・リン酸結合と呼ばれる結びつきをしていて、リン酸が1個離れるときにエネルギーが発生する仕組みになっています。ATPからリン酸が1個離れたものがADP(アデノシン二リン酸)で、ATPからADPになるときに発生したエネルギーが細胞を働かせる活力源となっているわけです。
ADPはTCA回路のエネルギー代謝によって発生したリン酸を結びつけてATPとなります。つまりエネルギー代謝によって発生するATPというのは、ADPにリン酸が結びついた結果であって、新たに発生して移動しているのはリン酸だけということになります。