「鯛(タイ)は腐っても食べられるのですか」と質問されたことがあります。健康セミナーで肉の脂と魚の油の違いについて話をした後の質問コーナーでのことです。これは“腐っても鯛”という諺(ことわざ)から「腐りかけでも食べられるのか」ということは文章にしたことがありますが、腐っても食べられるのかということは考えたことがありませんでした。結論から言えば、“腐ったら食べられない”です。これは鯛に限った話ではなく、すべての魚に共通することです。
ただ、鯛は腐りにくい魚であることは違いがありません。腐りかけがうまいというのは肉では昔から言われてきたことで、腐る前の熟成した肉は発酵して旨味成分が増えます。魚でも肉でも生きているうちはエネルギー物質のATP(アデノシン三リン酸)が発生していて、ATPからリン酸が一つ離れてADP(アデノシン二リン酸)になるときにエネルギーが発生します。魚が死んだ後には酵素によってADPがAMP(アデノシン一リン酸)になった後、IMP(イノシン酸)となります。AMPもIMPも旨味成分で、AMPはアデニル酸とも呼ばれる細胞の核酸の旨味成分で、イノシン酸は鰹節にも含まれる旨味成分です。
魚は生きているときには免疫によって細菌の活動は抑えられていますが、死ぬと免疫が働かなくなり、死後硬直が始まると有益菌によって発酵するものの、死後硬直が済むと軟化が始まります。この段階では腐敗菌が活躍を始めて、だんだんと腐っていきます。腐敗菌が増えたといっても、すぐに腐るわけではなく、煮たり焼いたりすれば食べることができます。熟成期間は生で食べられます。熟成というのは死後硬直をしている段階で、魚の中でも肉と同じように死後硬直の時間が長いものは熟成が進みやすくなります。
鯛は死後硬直の時間が長く、死んで4時間後から死後硬直が始まり、55時間ほどで軟化が始まります。これに対して鯖(サバ)は2時間後から死後硬直が始まり、10時間ほどで軟化が始まります。そのために“鯖の生き腐れ”と言われます。実際に生きたまま腐るようなことはありませんが、“生鮮魚”の段階で買って、早めに食べるのが原則です。生鮮魚というのは聞き慣れない人もいるかもしれませんが、これは“活魚”と“鮮魚”の間に位置するものです。
活魚は生きたままの魚で、本当の意味で「生きがよい」と言われる状態ですが、活魚は高級店での料理法で、旨味成分が少ないのが特徴です。それだけに元々おいしい高級魚が使われます。鮮魚の中でも活魚に近い状態のものが生鮮魚となるわけですが、鮮魚と呼ばれるのは死後硬直の段階です。死後硬直から軟化が始まったら、これは鮮魚ではなく、「生きが悪い」という状態で、加熱調理の出番です。
そして、腐敗菌が増えすぎたら、これはもう食べるものではありません。魚は水分が多く、死後硬直の後は急激に軟化が進みます。そして内臓やエラなどには細菌が多いために、とにかく足が早い食品であり、鯖などの青背魚に特徴的な不飽和脂肪酸(EPA、DHA)は血液サラサラ成分として優れていても酸化しやすい弱点があるので、とにかく早く料理をして、早く食べることです。