甘辛二刀流が糖尿病研究のきっかけだった

子どものときから日本酒に関心があった、などというと、どんな子ども時代を過ごしてきたのかと言われそうですが、幼少期に過ごした母の実家がお寺で、饅頭と日本酒は常にキープされていました。饅頭の話は別の機会にするとして、子どものときに日本酒は飲むものではなくて、お寺の儀式でお燗をつけたり、お酌をして回るというのが孫の仕事でもありました。ちなみに、母の実家は新潟県の出雲崎という良寛和尚の故郷の町で、後に岡山に移住したときに良寛和尚が倉敷の玉島で修行をしたことをきっかけとして、地元の方と銘菓「良寛てまり」をおかず代わりに、日本酒を奢ってもらいました。
お菓子も日本酒も好きな人を甘辛二刀流(両刀使い)と呼びますが、同時の二刀流は、なかなかいないようです。饅頭で日本酒を飲むというのは大学生になってから、お寺に休みのときに夜中まで起きていたときの空腹を紛らわすために二刀流の鍛錬(?)をしていました。剣道は子どもの頃から嗜んでいたものの、大刀と小刀の二刀流は少し学んだだけで難しいと感じて、二刀流といえば甘辛になりました。
そんな話を、これも岡山に移住してから、宮本武蔵の出身地の作州(美作)を訪ねたときにさせてもらい、こちらでも和菓子と日本酒という組み合わせを楽しみました。そんなことをしていたら糖尿病になるのではないか、と医師や管理栄養士から言われ続けてきました。父が糖尿病で、私が中学生の頃に教育入院をしていたくらいだったので、糖尿病の恐ろしさと困難さは常に耳にしていました。
お菓子でなくて、ご飯も糖質には変わりがなくて、飲酒をして食欲が増して、ご飯を食べるのも、お菓子を食べるのも理屈としては同じことです。甘辛二刀流は還暦を過ぎても私の得意技で、岡山は城下町で和菓子がおいしくて、晴れの国でフルーツを使った洋菓子もおいしくて、県内にはおいしい日本酒もたくさんあります。
ただ、父の糖尿病のこともあり、仕事で知り合った臨床栄養の医師も管理栄養士もエネルギーコントロールが得意で、中でも糖尿病を多く扱っていたことから、自分の身体のことも考えに入れて、糖尿病の研究を一生懸命に行いました。また、食事療法だけでは、なかなか効果が出にくいことがわかり、効果的な運動の研究も始め、それがメディカルダイエットの食事と運動の組み合わせによるエネルギー代謝の研究につながっています。
(日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人)