投稿者「JMDS」のアーカイブ

丸大豆しょうゆが初めて販売された1990年は、臨床栄養の仕事をしていたため、食品メーカーへの取材もしやすくて、最大手の醤油メーカーとも気軽に話ができる立場にありました。

そこで広報窓口に電話をかけて、「丸大豆を使う前の大豆は三角ですか、四角ですか」という問い合わせをしました。

そのときの返答は、「大豆を絞る前の丸のままの大豆」とのことでした。

では、丸大豆の前は、どのような状態の大豆を原料として使っていたのかという疑問をぶつけたら、「脱脂加工大豆」との返答。

脱脂加工大豆は、大豆から脂肪分を取り除いたもので、たんぱく質が多く含まれていて、“キレのある風味と強い旨み”があるしょうゆを作ることができると以前から説明されていました。

それに対して、丸大豆しょうゆについては、「大豆そのものの旨みを活かすことで、まろやかな風味と上品な香りを実現」と説明されています。

このことは今も大きくは変わっていません。

丸大豆(つまり普通の大豆)から搾って抽出されるのは植物油(大豆油)で、その残りカス(失礼!)が脱脂加工大豆であり、二次加工品(余り物の再利用?)と揶揄(やゆ)されたこともありました。

脱脂加工大豆は脂肪分が植物油として利用されたものということで、原料価格は安く抑えられます。現在では、しょうゆの市場流通の約8割が脱脂加工大豆を原料としています。

丸大豆しょうゆは、脱脂加工大豆を使用する前の、以前のしょうゆの作り方をしているというわけで、戦後の大量生産に適した脱脂加工大豆の時代から、回帰した(全部ではなくて一部だけ)結果ということでしょうか。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

鮭の英語名はサーモン(Salmon)です。だから、サーモンと書かれていたら、これは英語の呼び方であって同じものと考えられていた時期があります。これは日米の違いというようなことではなくて、日本の市場では鮭とサーモンは別のものとなっています。

鮭は加熱して食べるものとされています。天然物には寄生虫のアニサキスがいるからです。アニサキスは鮭のエサのオキアミに寄生して、これを食べることで鮭に寄生します。

養殖物の場合にはエサにアニサキスが寄生することがないので、寄生虫の心配がなくて、生で食べることができます。天然物と養殖物を区別するために、天然物は鮭、養殖物はサーモンと呼ばれました。

ここまで読むと鮭とサーモンは同じもので、エサが違うだけと思われるかもしれませんが、国内で流通しているサーモンの多くは鮭とは違った種類の魚です。

鮭は分類ではサケ目サケ科サケ属のサケです。一般に市販されているサーモンはサケ目サケ科サケ属までは一緒なのですが、正式名称は“トラウトサーモン”(trout salmon)で、一般にはマス(鱒)と呼ばれるものです。寿司屋で出されるサーモンの多くはトラウトサーモンで、これを略してサーモンと呼んでいるだけです。

鮭の卵はイクラです。イクラと書かれていたら鮭の卵と思いがちですが、マス(つまりトラウトサーモン)の卵もイクラです。イクラの語源はロシア語の卵で、ロシア語では“ikra”と表記されます。広辞苑などの辞書にはイクラは「サケ・マスの卵を塩漬けした食品」と書かれています。

意味的にはマスの卵もイクラで間違いではないのですが、鮭のイクラは粒が大きく、価格も高いのに対して、マスのイクラは粒が小さく、価格も安くなっています。色もマスのほうが薄いのですが、これはアスタキサンチンを使うことで補正できます。

アスタキサンチンは鮭のエサのオキアミの赤い色のもとの色素で、オキアミが食べる藻が材料となっています。

この藻から作ったアスタキサンチンをマスのイクラに使うことで、鮭のイクラと同じ色にすることが可能です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

オーガニック(有機)食品は通常の食品と比較すると価格が高いのは、常識として語られています。

化学農薬や化学肥料を使用せずに栽培・生産するのは手間とコストがかかることが、一つの理由としてあげられます。

通常の栽培(慣行栽培)に比べると機械化が難しく、手作業での栽培や除草・害虫駆除になることで人件費がかかります。

また、収穫量が少なく、さらに収穫量が不安定であることから慣行栽培と比較すると25%ほどは収穫量が少なくなります。

有機JAS認証には取得にも更新にも費用と時間がかかります。

小規模生産で、通常の大量流通にも乗りにくいことから輸送コストが割高になります。

オーガニック食品は多くの要因で価格が高くなっていることわけですが、少しでも下げるとしたら輸送コストがかからないもの、つまり産地が近いことくらいしかありません。

オーガニック食品の有用性と重要性を理解する人が増えれば、価格が低下することもあるわけですが、稼ぐことが大変な時代には、それも期待しにくいことです。

オーガニック食品は有機JAS認証が必須であることから、確認しやすいといっても、本物であるのかを見抜く目も必要です。店舗の表示を完全に信じて購入するには、店舗や流通の専門家の見抜く目も重要となります。

これらの条件をクリアするということは、その時間も含めて買っているということになります。

オーガニック食品を選択する人は意識が高い人と言われますが、価値が高いものを選ぶ意識の高さは、同時に時間に対する意識の高さでもあると言うことができます。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

「正念」の概念を語っていくときに、引き合いに出しているのは、これまで何度か紹介してきたオリジナルマインド(Original Mind)という言葉です。

オリジナルマインドは、いくつかの訳がある中で、ここでは「独創的な発想」という意味で使っているのですが、独創的といっても“ピン”から“キリ”まで範囲が広すぎて、どれを指しているのかわからないと言われることがあります。

ピンはピンポイントのピンと同じ意味の点のことで、江戸時代に伝わったポルトガル語のpinta(ピンタ)が由来とされています。ピンはサイコロの目やカルタの一を意味するようになり、そこから初めとか最上という意味になりました。これは定説とされます。

キリのほうは、諸説があって、有力な説の一つ目は十字架を意味するポルトガル語のcrus(クルス)から転じて十となり、終わりや最低を意味するようになったというものです。

もう一つは限りのキリから転じたというものです。どちらが有力かと問われれば、後者の限りのキリのほうを選択します。

「独創的な発想」のキリは、まさにキリがないという状態で、どこまで勝手な発想をしてもよいのでしょうが、それでは独創すぎてついていけないという人が続出することになるので、もちろん限界点を定めておく必要があります。

何を限界点にするかですが、それは「正しい情報を正しく伝える」という私が主宰する団体のメッセージであり、その具体的な活動も、教えたいことを教えるのではなく、知りたいと希望があったことを教えるというスタンスです。

このことは、かつては大いなる妥協と考えることもあったのですが、知りたいと思っている人に語りかけなければ、どんなに崇高な内容でも意味がないものになりかねません。

多くの人に絶対に伝えなければならない(と思い込んでいる)ことは、最高レベルの話を崇高な雰囲気の中で伝えたい、と考えている人は話す側には多く存在しています。

その人のことを完全に信じている人だけが集まっていればよいものの、そうではないことは往々にしてあります。

知りたいと思って、リクエストをしたことなら真剣に聞いてくれる度合いが異なり、特に取りたい重要ポイントを手厚く(資料も多くして、時間をかけて)話すこともできるので、話を聞いた後の結果も自ずと違ってきます。

それをスタート地点として、徐々に高めていくことで結果としては「ピン」、つまりオンリーワンであり、ナンバーワンになるという思いで、独創的な講習と情報発信に努めているところです。
〔小林正人〕

「自分に言い訳ができればよい」という安易な選択については、以前に書きましたが、言い訳とも思っていない人もいて、自分のマインドに従った行動だと信じている人も少なくありません。

「正しいと思って実行したのがだから間違いない」、「自分にウソをつかないことは正しい行い」と言い張って譲らない人もいます。今の正しい心ということかもしれませんが、これは“正念”を構成する正、今、心と、なぜか同じという不思議さがあります。

自分の意思だと言って行動を起こし、周囲を巻き込んで始めたことを急に変えたり辞めたりしても、これがよくないことだと感じていない人には、これまで何度となく出会いました。

その理由を聞いて納得できる(というか納得してあげるしかない)と感じたこともあれば、「そんな理由なの!?」と反発することさえ嫌になることもありました。

納得するしかない、そして誰もが手出しができない“神の声”であるのならまだしも、中には奥さんに反対されたので覆すしかないという変な“神の声”も経験しました。

奥さんに限らず、意思を持って決断したことを反対する人がいるのか、反対して覆されてしまうような“リスク”があることを承知して、即決即断をしないほうがよいと思うのですが、なぜかそのような方に限って、すぐに決断する癖(?)があることも経験してきました。

反発する人がいないので、今でもまかり通っているのは、反発して考えを変えさせるようにしなかった周囲が悪いとの考えは、自分のこととして反省もしているところですが、反発しても何も変わらないという“神の声”もあるのです。

そこまでのことではなくても、本人を傷つけてはいけないと遠回しの表現をして、「あなたのことを言っているのだ」と思いながら話をしているのに、それに気づかず、一緒になって批判する側になっている人もいます。

気づいていて、わざとそのような反応をしているのかと思ったら、本人が気づいていないということがわかって、もう付き合わないようにしようと決断したことは何度もありました。

東京では、あまりに頻繁にあったことで、岡山に移住してから、こちらではないのかな(ないと信じたい)と思っていたのに、関わる人が増えてきたら、同じ決断をすることも増えてきました。

「他人を変えることはできない」ということを大前提にするなら、よい結果となるためには一緒に行動する「自分が変わらなければならない」、そうでなければ自分が経験してきた困ったことを他の人にも経験させることになるという思いから行動を起こすことを、今になって多くの方の声を聞きながら学んでいるところです。
〔小林正人〕

オリジナルマインド(Original Mind)は直訳すると“独創的な精神”となります。

精神は、ただ心の中に持っているだけではなくて、その精神に裏付けられた発想があり、その発想に基づいて実践してこそ、多くの関わりがある方々と“果報”を共有することができます。

果報というと、“果報は寝て待て”という諺(ことわざ)が有名で、よい運を授かって幸運になることを一般には指しています。

しかし、本来は因果応報を縮めた言葉で、以前に行った行いによって後に報いとして受ける結果を意味しています。未来の果報は現在の行為の結果です。

だからといって、「よい(良い、好い、善い)結果を得たかったら、よい行いをしなさい」という仏教的なことを言うつもりはありません。

よい行いであっても、それは法律に従っているとか、他人に迷惑をかけないということではなくて、自分の胸(マインド)に従った独創的な発想に基づいた行動であり、自分で責任が取れる行動であることが重要となります。

それぞれの人のよい行いは、その人の能力を発揮すればよいということではなくて、能力を正しい方向に使うようにするためには、周囲の判断や協力が必要です。

ここで個人の性格についての占いの結果について書くのは相応しいのか疑問もあることで、その結果を導き出した人が占いタレントであることにも疑問を抱かれるとことです。

しかし、そのことを承知で書かせてもらうと、私の生年月日に該当するのは「人との関わりが多いほど能力を発揮する博愛主義者」です。

このことをあえて書いているのは、“我が胸に問う”というオリジナルマインドが的確にキャッチして、これを自分のキャッチフレーズにしてもよいと判断することができたからです。

行動を周囲に知ってもらって、一緒に行動を進めていくためには、わかりやすくて、なるほどと思ってもらえるような言葉が必要になります。

正念の一つの発現方法としてオリジナルマインドを実践の形にしていくには、自分も納得できて、周囲の方々にも納得してもらえるキャッチフレーズが必要で、それを言行一致させることが重要になっていくと考えているからです。

自分も周囲も納得することができる言行一致(発言と行動に矛盾がない状態)であれば、先々の不安もなくなるはずですが、そんな当たり前と思えることができていない例(人)が案外と多いのです。
〔小林正人〕

分岐点に立たされて、どちらの選択をすべきかを迷ったときには、少しでも早く結論を出したいと考えるのは普通のことです。そして、結論に従って、即座に行動を起こそうとするのも、また普通のことです。

しかし、その結論と行動が、自分のマインド(精神性)と合致しているのか、それとも自分を捻じ曲げることになるのか、それによって起こすべきことが違ってきます。身に危険が迫ってきているときは別として、まだ結論を出すまで余裕があるというときには、自分のマインドと合致できるようになるまで待つことが大切になってくると考えています。

その勇気と覚悟が自分の中で湧き上がってくるまで待つことが必要で、少なくとも「自分に言い訳ができればよい」というような安易な選択はすべきではありません。

このことは前回、「我が胸に問う」というテーマで書きましたが、自分の胸(マインド)に問うてみて、しっかりとした返答が得られるようになるまでは、安易に結論を出さないということが第一になります。

といって、ただ単に待つだけの“果報は寝て待て”では仕方がありません。“果報は寝て待て”の本来の意味は「焦らずに時期を待て」ということですが、その時期まで何もしないでよいということではありません。

自分の胸に問うことで、しっかりとした判断ができるようになるために自らを磨く、その磨くために必要なインプット(勉強)をしておくということで、以前よりも時間をかけ、質を高める努力の期間とすることが重要となります。

つまり、「判断できるまで待つ覚悟」というのは、以前にも増して頑張る覚悟ということで、そのための時間を作り、気力、体力を高めておくために、これまで妥協で行ってきたことを止める、撤退する、切り捨てるという覚悟も必要になってきます。

インプットのための情報は今のネット時代には、手軽に入ってくるようにはなっているものの、その情報が正しいものなのか、新しいものなのか、社会の流れに合っているものなのか、誰かの意図によって流されているものではないのか、そして我が胸に問うても間違いがないものなのか、そこを見抜くために、さらに勉強が必要になってきます。

機が熟するまで待つということは、待つだけ待って行動を起こすタイミングで行動に踏み出すということであり、絶好のタイミングを見極めると同時に、行動として踏み出すときに必要なこと(考え、気力、体力、見極める目、周囲の協力など)を整えておく大事な時間となります。

周囲からは休んでいる(怠けている)ように見えたとしても、心身とも充実させる内なる活動に励んでいる時間です。後から振り返ってみたときに、こんなに充実した時期はなかったと感じられるようにすることに時間をかけるのは、本当に勇気と覚悟がいることなのです。
〔小林正人〕

ミネラルは種類によって吸収率に大きな差があるのに、「含まれている=吸収される」といったイメージで語られることがあります。また、吸収されても、排泄される割合が大きいと、多く摂取すれば体内に残るわけではありません。

その代表的なものはカリウムで、吸収率(利用効率)はほぼ100%ですが、腎臓から90%ほどが排出されています。

カルシウムの吸収率は30%ほどで、イオン化することで吸収率が高まることから、胃液が分泌されない空腹時(起床後、就寝前)に摂るのが効果的です。

マグネシウムは男性と女性で推奨量にあまり差はありません。マグネシウムの吸収率(利用効率)は30〜50%ですが、摂取量が少ないと吸収率が高くなるという特徴があります。

全身の酵素は3000種類ほどあって、マグネシウムが補酵素となっているのは300種類であることから、マグネシウムが不足すると全身の機能に影響が出ることになるため、身体的な負荷が高い人は多く摂ることがすすめられます。

リンの吸収率は60〜70%ですが、ビタミンDによって吸収率が高まります。リンは魚介類、穀類、卵類、乳類、豆類などに多く含まれます。これらの食品が不足している人は多く摂ることがすすめられます。

鉄の吸収率はヘム鉄が約30%、非ヘム鉄が約5%となっています。ビタミンCによって吸収率が高まるのですが、それは非ヘム鉄に対してです。

亜鉛の吸収率は約30%とされています。魚介類、肉類、豆類、種実類などに含まれていて、特に牡蠣(かき)には多く含まれています。これらの食品が不足している人や運動をして細胞の再生が盛んになっている人は多く摂ることがすすめられます。

銅の吸収率は摂取量によって大きく異なり、44〜67%とされています。

銅と亜鉛は拮抗作用があり、血液中に亜鉛が多くなると銅の吸収が抑制され、その逆に銅が多いと亜鉛の吸収が抑制されます。そのため食事内容に合わせて、摂りすぎないように注意しなければなりません。

マンガンの吸収率は0.5〜3%と非常に少なくなっており、植物性食品の全粒穀類、豆類、ナッツ類に多く含まれているものの不足しがちなミネラルです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

サプリメント・健康食品の摂取によって起こる健康被害については、健康食品の世界事典とも呼ばれる「ナチュラルメディシン・データベース」に掲載されています。このデータベースは、英語圏の世界共通資料ですが、健康被害とともに健康食品の健康被害と、医薬品の健康被害の両方が掲載されています。

ともに有効性が確認されていて、ともにリスクもあるということで、組み合わせによっては思いもしない健康被害が起こることになります。その「思いもしない」ことを科学的に分析して、あらかじめ示しているのが英語圏で採用されている「ナチュラルメディシン・データベース」(natural medicine database)です。

「ナチュラルメディシン・データベース」の優れているところは、健康食品の成分と医薬品の相互作用について世界中の研究成果を集めて明らかにしていることです。アメリカでは相互作用は医薬品を減らすために活用されています。

アメリカの医療制度は定額制度で、同じ診断がされたら、医療機関が得ることができる医療費は同額です。どんな医薬品を使っても医療行為を行っても決められた金額しか得ることができないということです。

それに対して我が国では、“出来高払い”制度なので、医薬品を使うほど収益が得られるということであり、それは支払う人にとってはマイナスにもなる制度です。

「ナチュラルメディシン・データベース」が始まった元々の目的は医薬品を減らすことだったはずで、海外では、のような目的で使用されています。ところが、日本では医師が健康食品を使わないように患者に言うために使われています。

機能性表示食品は、一般の健康食品よりも機能性が高いということで、リスクも高いと言うことができます。

機能性表示食品に関しては制度設計には加わっていないものの、制度が始まった2015年から東京から岡山に移住するまでの2年間、その運用についての委員会の委員を務めてきました。

機能性表示食品は、敵なのか味方なのかという、お題に関して言えば、まだ結論は出ていないところですが、医薬品と健康食品のリスクを下げるために、クスリが“リスク”にならないようにするために「ナチュラルメディシン・データベース」を扱うことが重要だと考えています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

機能性表示食品は、健康食品業界に関わる人には悲願の制度でした。

機能性表示食品は、いわゆる健康食品の中でも、医薬品や特定保健用食品(トクホ)、栄養機能食品(ビタミンやミネラル、脂肪酸の栄養機能が確認されている成分)と同様ではないものの、一定の機能性(効能効果)を表示して販売できる、それまでの健康食品と比べたら段違いに入りやすい商品です。

健康食品でさえ、臨床栄養の世界からは“敵”とみなされていた時代がありました。いくら病院の管理栄養士が栄養指導をしても「血糖値を下げる健康食品を摂っているから」と言って、指示に従わない(場合によっては無視する)ということが起こっていました。

機能性食事食品は、一定の研究成果を示すことによって、機能性(効能効果よりも弱めの表現)を表示して販売できるものだけに、臨床栄養の世界で働く人にとっては、より強い敵が現れたようなものでした。

機能性表示食品は、血圧が低下する、血糖値が低下するという機能性を表示して販売できるものではあるのですが、有効性が高いということは、健康被害が起こる可能性があるということでもあります。

健康食品は食品であるので、医薬品のような健康被害は起こらないという認識もされがちですが、そんなことはありません。健康効果があるということは、医薬品に近付いているということで、医薬品に近い健康被害が起こる可能性があるということです。

そのことについては、あえて語らないようにしているのは健康食品業界だけではなくて、本来なら規制する側の“お役人”にも共通していることです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕