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児童発達サポーター78 現代の寺子屋の重要性

子どもたちの第三の居場所について討議されることが増えています。 第一の居場所の家庭、第二の居場所の学校や幼稚園・保育園、それ以外の場所として学習塾や放課後児童クラブ、放課後等デイサービスがあり、家庭や学校などとは違った環境に子どもたちが集って学ぶ場が強く求められるようになっています。 そのような場を設けることは、何も今に始まったことではなくて、昔から存在していました。江戸時代の寺子屋や


健康リテラシー35 健康リテラシーの再認識

リテラシー(literacy)は、文字や文章を読んで、内容を理解して文章を書く能力を指す言葉で、膨大な情報の中から必要な情報を引き出して活用するという意味も含んでいます。 今のように膨大というレベルを通り越して、情報が洪水のように押し寄せる時代には、情報を確認することも難しいような状態であり、押し寄せる情報の中から大切なこと、自分にとって重要なことを選択するのは容易ではありません。 ま


金言の真理152 「阿吽の呼吸」3

深呼吸は心身ともに健全であるためには重要なことです。 新鮮な酸素を体内に取り込んで、酸素を全身の細胞に行き届かせ、細胞から排出された二酸化炭素を外に吐き出すということだけに、生きていくための基本中の基本となります。 興奮状態になっているときには、自律神経の交感神経の働きを抑え、副交感神経の働きを高めるために深呼吸がすすめられます。 多くの酸素を取り入れることで、全身の臓器や器官の


5月28日の記念日

「骨盤の日」ファクトリージャパングループ(東京都千代田区)が、骨(52)盤(8)の語呂合わせで制定。 「自助の日」日本保険協会が、自助にとって大切な希望、知恵、財産、健康、愛を意味する五(5)つ(2)葉(8)の語呂合わせで制定。 毎月28日:「にわとりの日」(日本養鶏協会)、「ニワトリの日」(都道府県食肉消費者対策協議会)


日々邁進148 「看脚下」2

看脚下は禅宗の重要な教えに使われる言葉であって、決して足元を見て自分の履き物を揃えることを促す言葉ではない、ということを前回書きました。 それに続いて、禅宗で使われるようになった由来について書いていきます。 中国・宋代の禅僧の法演が、三人の弟子を連れて暗い夜道を明かりを灯して寺院に帰る時のこと、風が吹いて火が消えて真っ暗になってしまいました。 立ちすくんだ三人に、師匠の法演は質問


金言の真理151 「阿吽の呼吸」2

「呼吸は最も簡単な健康法」だと言われています。 ただ、息を吐いて吸うだけで、もう一つの健康法であるウォーキングが歩くことと呼吸という二つの要素となっているのに対して、実践するのは一つだけであるので、確かに“最も簡単”と言われるのもわかります。 その最も簡単なことを、当たり前に毎日行っているわけで、それなら誰もが健康になってよいのではないか、との意見が出てきそうですが、呼吸の仕方によって


5月27日の記念日

「背骨の日」背骨コンディショニング協会が、背骨は腰椎5個、胸椎12個、頸椎7個から構成されていて5127の1を/(スラッシュ)に見立てて5/27になることから制定。 「小松菜の日」しものファーム(大阪府堺市)が、小(5)松菜(27)の語呂合わせで制定。 毎月27日:「ツナの日」


日々邁進147 「看脚下」1

「看脚下」は名言や金言ではなくて、標語ではないかと言われることがあります。それはまだよいほうで“注意書き”と思われていることもあります。 というのは、寺院の玄関の下駄箱(靴箱)に、履き物を揃えるように促すように書かれていることで、よく見る紙に書かれた3文字だからです。 看脚下(かんきゃっか)は、寺院では「足元をよく見なさい」という意味で、書かれていることはあるのですが、玄関で足元を見る


発達の伴歩47 ライバルから協力関係への変化

私が監事を務める特定非営利活動法人(NPO法人)が発達障害児支援施設を岡山市東区瀬戸町(瀬戸駅近く)に設けたのは2020年の春のことで、新型コロナウイルス感染症の蔓延、いわゆるコロナ禍の始まりと重なってしまいました。 しかし、これまでの施設にはないスタッフと手法での療育を取り入れたことが注目を集め、好スタートを切ることができました。それから3年間のうちに、岡山市内に2か所、備前市に1か所をオ


金言の真理150 「阿吽の呼吸」1

阿吽の読み方や意味はわからなくても、「阿吽の呼吸」と書かれていれば、「あうん」と読むことがわかって、その意味も“なんとなく”であっても大外れしない感じでわかってくるはずです。 それくらい聞く機会が多い言葉で、言葉を交わすことがなくても互いの息がピッタリと合い、意思の疎通ができている状態を指すときに使われています。 金言・名言としては、長年の相棒や友人、夫婦、などとの絆を指していて、安心