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日々邁進151 「天上天下唯我独尊」3

悟りを開いて仏陀となったお釈迦様(インドのシャカ族の部族長の王子のゴータマ・シッダールタ)は、生まれた直後に発した「天上天下唯我独尊」のとおりに、「ただ一人、誰とも代わることがない尊い存在」となったことを2回にわたって書いてきました。 天上天下唯我独尊の考えは、別の連載コラムの「正念」でも書いていますが、正念(しょうねん)はマインドフルネス(mindfulness)と同等の意味があって、心と


健康リテラシー37 活性酸素と抗酸化の情報の流れ

“活性酸素”という言葉が知られるようになったのは、1995年に開催された日本チョコレート・ココア協会の国際シンポジウムでチョコレートとココアの抗酸化作用が発表され、チョコレートの製造会社が機能性をPRしたのが、きっかけだとされています。 チョコレートとココアの抗酸化作用に続いて、赤ワインに含まれるポリフェノールの抗酸化作用の研究成果が国立栄養研究所(現在は国立健康・栄養研究所)の板倉弘重臨床


意味解明3 しっちゃかめっちゃか

しっちゃかめっちゃかと聞いて、NHK(Eテレ)の子ども向け番組の『u&i』のキャラクターを思い出すのは、2018年〜2023年当時に子どもだったか、子どもと一緒に視聴した親くらいかもしれません。 白いサルの妖精はシッチャカ、ピンクのサルの妖精はメッチャカで、メッチャカの声を演じていたのは“きゃりーぱみゅぱみゅ”だったと記憶しています。 この番組は、身体障害や発達障害などのマイノリティの


5月30日の記念日

「530(ゴミゼロ)の日」530運動環境協議会が、ゴ(5)ミ(3)ゼロ(0)の語呂合わせで制定。 「アーモンドミルクの日」アーモンドミルク研究会が、アーモンドの実が5月下旬から成ることと、実(3)が丸く(0)なるの語呂合わせで制定。 毎月30日:「EPAの日」(日本水産)、「サワーの日」(宝酒造)、「みその日」(全国味噌工業協同組合連合会)


日々邁進150 「天上天下唯我独尊」2

お釈迦様は誕生したときに、いきなり立ち上がって歩き、右手を天に、左手を地に指し、「天上天下唯我独尊」との言葉を発したとの逸話を前回紹介しました。 これには仏教宗派によって説明に違いもあって、立ち上がって歩いたのは7歩であったという説や、東西南北の四方に7歩ずつ歩いたという説もあるのですが、その後の右手を天に、左手を地に指し、「天上天下唯我独尊」と言ったということは共通しています。 「こ


健康リテラシー36 抗酸化成分は“高酸化”

抗酸化成分は、身体に悪影響を与える活性酸素を消去する作用があるということは、随分と知られるようになってきました。抗酸化成分は数多くの種類があり、それぞれの成分によって抗酸化力(活性酸素を消去する作用)は異なっています。 食品やサプリメントに含まれている抗酸化成分は、研究が進んでいて、ランキングが発表されています。それは商品選びに役立つことは間違いないことではあっても、それでも実際の選択の場面


金言の真理153 「阿吽の呼吸」4

言葉を交わさなくても意思が通じることを意味する「阿吽の呼吸」は、本来なら息を合わせる(呼吸を一緒にする)ことをしなくてもよいはずです。 とは言いながらも、力を合わせて同じ結果に導くためには、息を合わせることは有効となります。 その言葉として、よく使われるのは「せいの」(せーの)です。同時に発言したり、同じタイミングで同じことをする前に、息を合わせるといったシーンで使われます。 地


5月29日の記念日

「こんにゃくの日」日本こんにゃく協会と全国こんにゃく協同組合連合会が、こん(5)にゃく(29)の語呂合わせで制定。 「シリアルの日」日本ケロッグが、コーンフレーク(529)と幸福(529)の語呂合わせで制定。 「エスニックの日」日本エスニック協会が、エス(S)を5に見立て、ニック(29)の語呂合わせで制定。 「胡麻祥酎の日」紅乙女酒造(福岡県久留米市)が、胡麻祥酎の普及のために口


日々邁進149 「天上天下唯我独尊」1

「唯我独尊」(ゆいがどくそん)は、仏教の逸話の中では根幹となる言葉であるのに、間違った使い方がされがちで、中には唯我独尊の4文字を見て、暴走族やヤンキーを思い浮かべる人もいます。 実際に、背中に唯我独尊と書かれた(縫い込んだり、染めたり)ジャンパーを着たり、チーム名にしていたグループも存在していました。 そんな負の印象も抱かれる言葉を“金言”とするのは如何なものかとの声も聞こえてきそう


児童発達サポーター78 現代の寺子屋の重要性

子どもたちの第三の居場所について討議されることが増えています。 第一の居場所の家庭、第二の居場所の学校や幼稚園・保育園、それ以外の場所として学習塾や放課後児童クラブ、放課後等デイサービスがあり、家庭や学校などとは違った環境に子どもたちが集って学ぶ場が強く求められるようになっています。 そのような場を設けることは、何も今に始まったことではなくて、昔から存在していました。江戸時代の寺子屋や