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健忘録7 広報支援の始まり
“後方支援”という言葉は、多くの世界に存在していて、メインの(直接的な)活動ではないものの、重要な役割を務めている人や部門などを指して使われることが多くなっています。 後方支援を受けているときには、本体の人たちは気づかないこともあり、後になってから評価されるというのが、後方支援に携わっている立場では当たり前となっています。 気づかれないように活動するのが後方支援の“芸”のようなものと言
健忘録6 病院給食の敵の健康食品
病院給食の委託会社よりも、もっと強く「病院給食の敵」と言われていたのは、健康食品でした。 臨床栄養の世界では、それぞれの人の状態を把握して栄養摂取の指導をしてきました。入院患者なら、病院側のスタッフで健康食品の摂取をチェックすることは可能でも、通院患者となると不可能な状態です。 栄養指導をしても、「このお茶を飲んでいるから」「この健康食品を飲むと食事制限をしなくても血糖値が下がる」とい
健忘録5 病院給食の敵の業務委託
「昨日の敵は今日の友」という言葉がありますが、友と認めたくはなくても成り行きから友のようになっている例は、さまざまな世界で見られることです。 業界団体の仕事をしてきて、本来は敵であるのに友のように振る舞わないといけない場面も、何度も経験してきました。 私にとっては敵でもなく、どちらかといえば味方ばかりの感覚ではあるのですが、それは “大した立場ではない身”であったからです。 言い
健忘録4 資格認定の連続
一般社団法人日本厨房工業会の厨房設備士の資格認定は、専門業界内のことで設立から関わりました。 月刊の機関誌の編集をしていたこともあって仕組みづくりから運営まで、それなりの知識はあったものの、それが他の業界でも役立つということは、あまり意識はしていませんでした。 次々に活動の場を渡っていった場面で、資格認定の制度や講習、試験などの話が出るたびに、過去の経験を話していく中で、その根幹に関わ
健忘録3 広報活動のつながり
“門前の小僧習わぬ経を読む”という言葉がありますが、私が手掛けた臨床栄養の機関誌の編集は、それがピッタリと思える状況でした。 日本臨床栄養協会は、臨床医と病院栄養士が学び合う学術団体であって、機関誌の原稿は病院栄養士や医師が書いていました。また、協会の学術集会での講演内容を記事にして、参加できなかった会員に講演で示された画面とともに伝える(学んでもらう)のも大きな目的でした。 初めのう
健忘録2 広報活動のつながり
厨房業界の月刊機関誌の業務委託を大学を卒業したばかりで受けるのは大変なことではあったものの、ひょっとすると人脈が使えるかもしれないという希望の光がありました。 厨房業界に関係する通商産業省、建設省、自治省、厚生省、労働省、文部省、農林水産省、防衛庁のうちの多くは、大学1年生のときのアルバイト先だった国会議員が総理大臣を務めていたこともあって、ほとんどのお役所につながりがありました。 ち
健忘録1 今に続く継続の仕組みの始まり
社会人として初めに手掛けた仕事から、現在までの道のりを説明すると、多くの人は「いろいろと経験してきたのですね」と言ってくれるものの、その必然性まで考えを及ばせる人は極めて少ないと感じています。 大学を卒業してから50年近くも経っていますが、わざわざ“初めに手掛けた仕事”と書いたのかというと、ただ就職をしたということではなくて、一般の新入社員のような経験はしたことがないからです。 そもそ
6月24日の記念日
「プチクマの日」ブルボンが、プチシリーズのキャラクターのプチクマが登場した2011年6月24日にちなんで制定。 毎月24日:「ブルボン・プチの日」(ブルボン)、「削り節の日」(東京削節類卸協同組合)
SSF5 NPO制度の始まり
公益活動といえば、阪神・淡路大震災(1995年)をきっかけにして発足したNPO法人(正式には特定非営利活動法人)制度が主なものという時代がありました。 阪神・淡路大震災の緊急対応から、その後の復興まで全国から多数のボランティアが駆けつけ、自治体などによる支援に加えて、それぞれが得意とする分野での市民活動を始めていました。 ところが、当時はボランティア団体などの市民活動グループが法人格を
日々邁進175 「知らないのに知ったふり」をする専門家
無知という話とは最も遠い存在と一般に認識されているのは医師です。あえて“一般に”と書いたのは、そうでもない存在もいれば、むしろ“無知”そのものと指摘されても仕方がないこともあるからです。 医師になるための教育機関(大学の医学部)の中で栄養学講座があるのは3分の1以下で、講座があっても選択科目(必修ではない)で、その内容は栄養不足によって発症する疾患についての講義がほとんどです。 このこ





