最新情報

3月7日の記念日

「さかなの日」さかなジャパンプロジェクト推進協議会が、さ(3)とな(7)の日に魚を食べることを提案していることから制定。 「サウナの日」日本サウナ・スパ協会が、サ(3)ウナ(7)の語呂合わせで制定。 「メンチカツの日」味のちぬや(香川県三豊市)が、メンチカツを関西ではミンチカツと呼ぶことからミ(3)ンチ(7)の語呂合わせで制定。 「ななつのしあわせミックスナッツの日」九南サービス


日々邁進66 京都への思い

京都を意識し始めたのは中学生の頃です。それまでは祖父母のお土産でしか感じていなかった京都へ連れていってもらえることになってからのことです。 私の母親の実家の寺院の本山は東本願寺で、宗祖700回忌の1961年と親鸞聖人生誕800年の1973年の間の特に大イベントがない年ではありました。 しかし、私が中学1年生の1968年(昭和43年)は「明治100年」の年と重なっていて、学校でも「明治は


金言の真理112「磨けば光る原石」2

「磨けば光る原石」という言葉が気になって、人材としての原石を考えるようになったのは、PHP研究所の創設者である松下幸之助さんの「ただの石をいくら磨いてもダイヤモンドにならない」という言葉に出会ってからでした。 そのまま読むと、“石を磨いても意味がない”と捉えられてしまうこともあるのですが、この言葉には続きがあります。 「しかし、ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。しかも磨き方


児童発達サポーター55 フードリテラシー

食品や食事についての関心度の低さが子どもの発育に影響を与えて、発達障害児の特性でもある極端な偏食には大きな影響を与えています。 その実態と背景を考えていくテーマとして“フードリテラシー”をあげています。 リテラシー(literacy)は、読み書きの能力を意味する言葉で、発達障害の一つの学習障害の識字障害、書字障害、算数障害のうちの初めの2つに該当するという見方もあります。 しかし、日


食の不都合な真実35 食器洗浄の業界で学んだこと

厨房業界の食器の洗浄というと、厨房機器の一つである食器洗浄機が使われます。小規模の厨房ではボックス型の回転式の食器洗浄機が使われます。小型の飲食店では、料理の提供で使われる食器の数は多くても、ボックス型で足りる程度の量です。 これが給食になると大量調理であることから、その後の洗浄も大量にこなすことができるベルトコンベア式の食器洗浄機が使われます。食器も大量洗浄に向くプラスチック食器(メラニン


食事摂取基準467 骨粗鬆症4

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連について説明しています。その中の骨粗鬆症と食事の関連の「発症予防と重症化予防の基本的考え方と食事の関係」の続きを紹介します。 〔発症予防と重症化予防の基本的考え方と食事の関係〕 「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」では、「若年者における予防」、「中高年における予防」として、それぞれ高い骨密度獲得


食事摂取基準466 骨粗鬆症3

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連について説明しています。その中の骨粗鬆症と食事の関連の「発症予防と重症化予防の基本的考え方と食事の関係」を紹介します。 〔発症予防と重症化予防の基本的考え方と食事の関係〕 骨粗鬆症の発症予防としては、骨量減少にある者と骨粗鬆症および骨量減少のない正常な骨密度を有する者を対象に、若年者に対しては最大骨量の最大


食事摂取基準465 骨粗鬆症2

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連について説明しています。その中の骨粗鬆症と食事の関連の「概念と定義」の続きを紹介します。 〔概念と定義〕 「原発性骨粗鬆症の診断基準の2012年度改訂版」では、問診、身体診療、血液・尿検査、骨密度測定、脊椎X線検査等から、低骨量をきたす骨粗鬆症以外の疾患または続発性骨粗鬆症を認めず、骨評価の結果が次に述べる


3月6日の記念日

「ミールタイムの日」ファンデリー(東京都北区)が、ミールタイムを通じて食事の大切さを知ってもらうことを目的にミー(3)ル(6)の語呂合わせで制定。 「ミロの日」ネスレ日本が、麦芽飲料ミロの普及を目的としてミ(3)ロ(6)の語呂合わせで制定。 「スリムの日」ワコールが、3月から薄着のシーズンでスリ(3)ム(6)の語呂合わせで制定。 「ミルクの日のミルクの時間」中央酪農会議が、3月(


日々邁進65 “隣の席の人は親戚かもしれない”計算式

健康や人生観などにまつわる講演のテーマの一つに、「自分が今あるのは親や祖父母、曾祖父母をはじめとした祖先のおかげ」という話があります。ずっと祖先を辿っていくと、「そのうちの1人でもいなかったら、出会わなかったら、自分は生まれていなかった」という事実に行き着きます。 講演の話題としては、それでよいのですが、研究者の立場では、「どれだけの人間が自分が存在するために必要だったのか」ということを考え